第24話 救いとは

 ミヒロは村人の死体からナイフを拾うと、手を縛る縄を切断した。

 ついでに星原の縄も切っておく。


「はい、どーぞ」


「あなたの心遣いに感謝を」


 星原は澄まし顔で頭を下げる。

 この状況でもこれといった動揺は見られない。

 強い意志を秘めた双眸は、ここではないどこかを捉えていた。


 縄を捨てたミヒロは、開いたままの出入り口を眺めて笑う。


「さっきのアリスちゃんすごかったねー。ぶっ飛びすぎでしょ」


「彼女は混沌の鬼です。関わる者すべてを破滅へと導いた末、己の正義に殺されます」


 断言する星原に、ミヒロは皮肉を込めて笑う。


「それも占いなの?」


「はい。未来は既に定まりました」


 星原は堂々と言う。

 彼女は自分の中の根拠に絶対的な信頼を置いていた。

 ミヒロを指差した星原は静かな声で宣告する。


「あなたは自由を謳歌し、弱き者に消えぬ傷を残して命を落とします」


「にひっ、面白い予言だねえ。占い料は払った方がいい?」


「結構です。これはわたくしのエゴですので」


 その時、星原が驚きと喜びに満ちた顔になる。

 天井付近を熱心に見つめながら、彼女はゆっくりと歩き出した。


「ああ、導きが聞こえます……崇高なる使命を遂げましょう。名を知らしめることで魂のレベルを上げなければ……」


 一心不乱に呟く星原はそのまま部屋を出ていった。

 武器を持たず、周囲への警戒など微塵もない。

 遠くから聞こえるチェーンソーの音に臆することもなく、淡々とトンネルの入口へと戻っていく。


 それを見送ったミヒロは、ナイフを回してニヤニヤと口を曲げる。

 薄闇に浮かぶピエロメイクは不気味な迫力があった。

 軽やかなメロディーの口笛を吹きつつ、ミヒロは星原の予言を思い出す。


「自由を謳歌、ね……」


 ミヒロは異臭の漂う室内を見回す。

 裸の女達と目が合った。

 あれだけ夢中だったテレビの視聴も止めて、熱を帯びた視線を送っている。

 それはある種の希望だった。


 互いに黙り込み、テレビの場違いな音だけが流れている。

 しばらく思案した後、ミヒロは唐突に呼びかけた。


「楽になりたい人ー? いたら元気に手を上げて……あ、もう無いんだっけ」


 ミヒロの冗談に誰も笑わない。

 ただ、涙をこぼしていた。

 悲痛な顔ながらも、安堵した様子で啜り泣いている。


 その様子にミヒロは微笑む。

 悪意に満ちた表情とは異なる、少し穏やかな顔だった。

 ミヒロは近くにいた女の前に屈み、その首筋にナイスを当てる。


「生きたかったら教えてねー。別に強要はしないからさ。どう? 生きたい?」


「……っ」


 女は泣きながら首を横に振る。

 ミヒロは頷いてまた微笑む。


「オーケー、おやすみ」


 ナイフが滑らかな動きで振り抜かれる。

 女の目が静かに閉じ、そして眠るように死んだ。

 ミヒロは立ち上がって呼びかける。


「じゃあ次の人ねー」


 一時間後、ミヒロは室内にいた女を残らず殺害した。

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