第7話 捜査協力

 安藤は山道を歩く。

 真夏に黒スーツを着ているにも関わらず、彼は汗一つ掻いていない。

 表情の乏しい顔は、静かに前を見据えている。


 後方からエンジン音が聞こえてきた。

 一台の軽トラックがゆっくりと追い越そうとしている。

 安藤は手を挙げて軽トラックを呼び止める。

 運転手の男が顔を出して言った。


「何か用かね」


「この辺りで怪しい男を見かけませんでしたか」


「お? 誰かとはぐれたのか」


「殺人犯がこの山に逃げ込みました。おそらく付近に潜伏しています」


 安藤は自身の顔写真が載った警察手帳を提示する。

 運転手の男は少し驚いた様子で眉を曲げた。


「……あんた刑事さんか」


「はい。それで犯人らしき男を見ませんでしたか」


 問われた男は考え込む。

 しばらく唸った後に彼は手を打った。


「そうそう、よそ者がうちの村に来とるよ。刑事さんの探しとる男じゃないかな。そこまで案内するから乗りな」


「ありがとうございます」


 安藤は軽トラックの助手席に乗り込む。

 運転手の男は車を発進させてから名乗った。


「俺は津軽だ。この先の村に住んどる」


「安藤です。よろしくお願いします」


 シートベルトを着けた安藤は無表情のまま応じる。

 彼は抑揚のない話しぶりで己の事情を語る。


「助かりました。道の途中が倒木で塞がっていて、車を置いてくるしかなかったもので」


「この辺りの道を使うのは村の人間ばかりで整備が行き届いてねえんだ。落石事故で完全に潰れた道もあるし、陸の孤島ってやつだな」


 ハンドルを握る津軽は愚痴っぽく説明する。

 言ったそばから分岐路の一方が陥没して通れなくなっていた。

 津軽はもう一方の道を選びつつ、大きなため息を吐き出した。


「しかしこんな田舎に殺人犯とは……豊穣の儀があるってのに厄介なもんだ」


「豊穣の儀とは何ですか」


「五年に一度の大事な儀式でな。みさかえ様に感謝するんだ。いつもは節制してるんだが、この時期だけは贅沢できる。ようするに村の祭りだよ」


 途中から津軽はだらしない顔をしていた。

 ここではないどこか……豊穣の儀について考えているようだった。

 運転が疎かになって軽トラックの揺れが酷くなる。

 口から涎が垂れたところで津軽は我に返り、慌てて手の甲で拭った。


「みさかえ様は村の守り神でな。虹色の鱗を持つ龍なんだ。俺達はみさかえ様に捧げ物をして豊穣を祈るわけさ」


「素晴らしい伝統ですね」


「犯人を捕まえたら刑事さんも参加するかね。大歓迎だぞ」


「遠慮しておきます」


「そいつは残念だ」


 津軽は肩をすくめただけで、それ以上の勧誘はしなかった。

 その後、車内に沈黙が訪れる。

 軽トラックのエンジン音だけが延々と鳴っていた。


 長い沈黙を破ったのは安藤だった。

 彼は唐突に質問を投げかける。


「ところで村にいる男の特徴を教えていただけますか」


「ん? 聞く必要あんのか」


「念のためです。人違いの可能性もありますから」


「でもそんなに正確には……」


「些細なことでいいです。教えてください」


 安藤は淡々と問い詰める。

 有無を言わせない口調で迫られた津軽は、苦しげに答えをひねり出した。


「あー、黒とか茶色の髪で……中肉中背だったかな。服は割と明るめで」


「違います。殺人犯は太ったアフロです」


 安藤の訂正を聞き、津軽は凍り付く。

 しかしすぐさま取り繕おうと早口で喋り始めた。


「……そ、そうだ! よそ者は二人来てたんだ! もう片方が太ったアフロだったぞ、早く村に戻って捕まえないとなっ! ははは、最近は物覚えが悪くていかんなあ」


「太ったアフロは嘘です。ハッタリをかけてみました」


 安藤が再び訂正すると、津軽がぎょっとした顔になった。

 運転が乱れて茂みに突っ込みそうになり、寸前で耐えて道路に戻る。

 無意識にアクセルを踏んでいるのか、軽トラックは徐々に加速していく。


 動揺する津軽に対し、安藤は平然と質問を続行する。


「なぜ騙そうとしたのですか。殺人犯なんて知らないと言えば済みましたよね」


「それは……」


「嘘をついてまでしたいことがあったのですか。しきりに僕を村に招こうとしていましたが」


 次の瞬間、軽トラックが急ブレーキで停車した。

 津軽はハンドルに何度も頭をぶつけるながら「くそ! くそ!」と悪態をついている。

 運転手の豹変にも表情を変えず、安藤は冷たい目で尋ねた。


「どうしましたか」


「みさかえ様の生贄にしてくれる!」


 目を見開いた津軽が叫ぶ。

 その手には出刃包丁が握られていた。

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