第20話 明かされる真実

 4月20日土曜日の昼過ぎ、大輝だいき星那せなは羽田空港に降り立った。


「何か、ぬるいね~」

 星那がそう言って、ちょっぴりしかめっ面をする。

 あいにくの曇り空だったが気温は25度を超え、湿度の高い空気がここは北海道ではないことを否が応にも感じさせた。


 巨大な空港で大輝と星那は案内板を頼りに、何とかモノレールの駅までたどり着いた。

 

 ここに至るまで、今回は随分とスムーズに事が運んだ。

 航空券はインターネットで簡単に予約で来たし、支払いもコンビニで済ませることが出来た。

 ホテルは美里みさとさんが用意してくださった。美里さんは現在、大きな商社に勤めており、美里さんのグループ会社のホテルを抑えてくれたのだった。

「都内だけど、香織さんのいる浦和まで電車で一本で行けるから」

 美里さんは、電話でそうおっしゃっていた。


 今夜、健太のモデルとなった生徒会長・健一さんのお姉さんである、香織さんと埼玉県の浦和駅で会うお約束をしていた。

 美里さんは来ないという。「今は結婚して子どももいるし、会長の事は遠い思い出で良いかな」とのことだった。

 

 

 途中の駅でJRに乗り換え、まずは秋葉原駅を目指す。美里さんの手配してくださったホテルがそこにある。

「すごっ! ホントにメイドさんいる~」

 駅前の路上でビラを配っているメイドさんを見て、星那は興奮気味だった。

 一方、大輝は少々緊張気味だ。地図アプリとにらめっこしながら、慎重に歩く。


 それでもホテルはすぐに見つけることが出来、大輝たちは先にホテルでチェックインを済ませる。

「岡島大輝さまと、茅野星那さまですね。お支払いは既に済んでおりますので、こちらにご署名のみお願いいたします」

 なんと、代金は美里さんが払ってくれていたのだった。大輝は後に、美里さんに丁重にお礼を述べた。

 

 フロントで荷物を預けると、そろそろ14時という頃。約束の18時までまだ時間があった。

 折角だから東京観光を……と言いたいところだが、いかんせん土地勘が無く、どこへ行けば何があるのか、またどのくらい時間がかかるのか見当がつかなかった。


「星那、どっか行きたいところあるか?」

 大輝が聞くと、星那は満面の笑みで答える。

「ボク、お台場行ってみたい!」

 

 星那のリクエストで、とりあえず行ってみることになった。

 乗り換えアプリを頼りに、一番上に表示された指示通りのルートで行くと、秋葉原からは30分ほどでお台場に着いた。

 途中、ゆりかもめでレインボーブリッジを渡るということで、2人ともその瞬間を楽しみにしていたが、意外とあまり外が見えなくてちょっとがっかりした。


「とりあえず、腹減ったな」

「ボクも。なんか食べようか」

 まず腹ごしらえだ。大輝は慣れない土地であることと、親に内緒で東京まで来ている背徳感でに緊張しっぱなしだった。

 ちなみに二人ともそれぞれ、「高校の友達の家に泊まりに行く」というベタな言い訳で「家出」してきた。

 

 お店に入ると、まず先に浦和へ行く電車の時間を調べておく。浦和まではおよそ1時間。余裕を見て16時半に出れば十分間に合いそうだ。

 昼食後、二人は暫し散策し、お台場の空気を味わった。


 ★  ★  ★

 

 夕方になり、2人はいよいよ浦和へ向かう。

 浦和駅に着いて指定された改札口で待っていると、香織さんと思われる女性から声を掛けられた。


「大輝君と星那ちゃんかしら?」

「はい! 香織さんですね?」

 

 大輝と星那は挨拶を交わすと、香織さんについて歩き、駅前のデパートの洋食屋さんに入った。

 食事の注文が済むと香織さんは言った。

「改めて、わざわざ札幌からきてくれて嬉しいわ」

 

 香織さん一家は、もう20年くらい前に札幌から埼玉に移住し、それ以来、北海道へは行っていないとのことだった。

「もうさ、『篠路』とか『あいの里』っていう単語自体、もう何年も発してないもんね~」

 香織さんは暫し、大輝と星那から最近の札幌の様子を聞き、懐かしんでいた。


 札幌トークで盛り上がるなか、大輝はいつ本題を切り出そうかとタイミングをうかがっていると、食事が少し進んだところで香織さんの方から話題を振ってくれた。

「ところでさ、2人は今、健一がモデルになった演劇をやっているんだってね」

 いよいよ本題だ。大輝は僅かに背筋を伸ばして言った。

「はい、そうなんです。……えっと、美里さんからはどこまで伺っているのですか?」

「実はね、それ以上のことは知らないのよ。そっか、まず私から話した方がいいわね」

 そう言って香織さんは、今日に至る経緯を教えてくれた。


「実はね、私は美里ちゃんと直接お会いしたことはないんだけど、高校時代、健一が美里ちゃんのことを好きだということは知っていたの。それでね、先日、高校の同級生から突然久しぶりに連絡が来たんだけど、その同級生の子の妹が美里ちゃんと同級生だったのよ」

 大輝と星那は、頭の中で相関図を描きながら、必死になって香織さんの話を聞いた。

「それで、美里ちゃんが私と連絡を取りたがっているって話を聞いてね。それで美里ちゃんの連絡先を聞いて、この前私から美里ちゃんに電話をしてみたの」

「そうだったんですね」

 星那が相槌を打つ。

「そこで初めて、美里ちゃんから演劇の台本の話を聞いたの。それで、そのことについて高校生が話を聞きたがっているから可能なら会って欲しいって」


 大輝はそれを聞いて、美里さんが香織さんに繋がるまで、相当いろんなところに連絡をしてくれたんだということが、想像できた。

 

 今度は大輝が演劇の話をする。

「僕たちは、この春、たまたま演劇部に眠っていたこの台本を発見して上演することになったんです」

 そして、大輝と星那が何度もやり直しをしながら集めた情報を、1つのストーリーに繋がるように注意しながら、大輝はこれまでのいきさつを話した。


「本当に奇跡的なタイミングだったのね!」

 香織さんは驚いた。特に佐倉家の引っ越しに関しては、本当に奇跡だったと大輝たちも思う。


「更に不思議なことがあったんです!」

 今度は星那が興奮気味に話す。

「不思議なこと?」

 香織さんが首を傾げると、星那が説明を続けた。

「この台本、ラストのシーンは、健一さんが東京に旅立つ美里さんを駅まで見送りに来るシーンで終わるんですけど、そこは実は美里さんの想像だったんです」

「どういうこと?」

「つまりは、美里さんはこの台本を高校に置いて行くべく、先に書き上げていたんです。『こうなったらいいな』という思いを込めて。そして旅立ち当日の朝、その台本を高校の部室においてから駅に向かったんです。そしたら、本当に台本通りに健一さんが駅に現れたんですって!」

 香織さんは驚いて言った。

「本当にそんな奇跡があるんだね!」


 そして香織さんは少し間を開けて、続けてた。

「……でも、それは偶然じゃなくて、必然だったのかもしれないわね」

「必然……、ですか」

 大輝が緊張した面持ちでそういう。

 

 ――いよいよ本題が明らかになる。


 香織さんが静かに語りだす。

「美里ちゃんが東京に出発する日はね、健一は入院中だったの。でもね、健一は美里ちゃんがこの日、出発することを知っていたのよ」

 大輝と星那は真剣な眼差しで続きを待つ。


「前の日も言っていたわ。最後に美里ちゃんと会いたかったなって。それでね、あの子、あの日病院を無断で抜け出して美里ちゃんに会いに行ったのよ」

「そうだったんですか!」

 星那が目を丸くして言った。

 

「きっと、これが美里ちゃんと会える『最後』だと分かっていたんだと思う。病院から『健一がいなくなった』って連絡が入った時、私は真っ先に思ったわ。美里ちゃんのところじゃないかって。それで、私が母親に伝えると、私と母は一緒にあいの里教育大の駅に向かったの。でも、私達がついたとき、駅にはもう誰もいなかった。私と母は必死になって周囲を探すと、健一は駐輪場の陰で苦しそうにうずくまっていたの」

 大輝は息をのむ。

「母はすぐに救急車を呼んだわ。救急車が来る間、私は不安でいっぱいだった。でも、健一は苦しそうに呼吸をしながらも言うのよ。『美里に会えてよかった』って」

 大輝も星那も、その話を涙を流して聞いていた。


「大輝君が健一の役を演じるのよね」

 不意に香織さんはそう問いかけた。

「はい、そうです」

 すると香織さんは微笑みながら言った。

「きっとあの時の健一は、もう一度美里ちゃん会えて、本当に嬉しかったんだと思う。健一にとって、美里ちゃんの最後の記憶は、一番大好きな美里ちゃんだったと思うから」

 

 ――ようやく知れた。健太の想い。健一さんの想い。


「わかりました」

 大輝は涙をぬぐうと、笑顔でそう答えた。


 ――今度こそ、魂を込めて健太を演じよう。健一さんのために。美里さんのために。

 


 食事の終盤、香織さんがお手洗いで席を外されたとき、星那は言った。

「ホントはさ、香織さんにも美里さんにも、私たちの公演を見てもらいたいけどさ、どうやったってストーリーがつながらないよね。私たちも来週にはまたタイムリープしちゃうし」

「そうなんだよな」

 大輝も星那も、直接公演をお二人に見てもらえない、それだけが心残りだった。

 

 

 食事が終わって、香織さんは駅まで見送りに来てくれた。

「今日は本当にありがとうございました」

 大輝と星那は深々とお辞儀をしてお礼を言った。

「いいえ、あなたたちのお陰で私も懐かしい話が聞けたし、何より健一も喜んでいると思うわ」

 

「そのご期待の添えるよう、僕たちも頑張ります」

「私も都合がついたら見に行ってみようかしら。久々の北海道に!」

「はい! 是非」

 大輝と星那は、たとえそれが叶わない世界線だと分かっていても、その一言が嬉しかった。

 

 ★  ★  ★

 

 香織さんと浦和駅で別れ、電車で秋葉原まで戻ってくると、大輝たちはホテルに戻った。フロントで預けた荷物を受け取ろうとすると、もう既にお部屋に運んでくれているということだった。

 

 ルームキーを受け取り、二人はエレベーターに乗る。

「大輝、何号室?」

「おれは1008号室、星那は?」

「ボクは1007号室。隣だね!」

 

 2人は10階でエレベーターを降りた。

「あとで、大輝の部屋遊びに行くね~」

 そう言いながら、星那は自分お部屋のドアにカードキーを差し込んだ。

「お、おう」

 大輝もそう言って、ひとまずそれぞれの部屋に入った。

 

 大輝が部屋に入ってしばらくすると、ドアをノックする音が聞こえる。ドアを開けると、予想通り星那が立っていた。

「早速来たな」

「早速来たよ~」

 大輝は星那を部屋に招き入れた。

 

「今日は長い一日だったね~」

 そう言いながら、星那は大輝のベッドに座る。

「ホントだな」

 大輝も星那の横に腰かける。

 

「でもさ、健太の……ってゆうか、健一さんの想いが聞けて本当に良かった」

 大輝は天井を見上げながらそう言って、深く息を吐きだした。

「そうだね。二人は心から愛し合っていたんだね」

「そうだな」


「ねぇ、大輝」

「なに?」

「ちょっと、甘えたい」

 そういって星那は大輝に抱き着いた。大輝はゆるふわボブ頭に頬を載せると、星那の匂いがした。

 

 その後、少し長めのキスを挟んで、星那が言った。

「ねぇ大輝。今日……、ちょっと先に進んでも、いいよ……」

 大輝は思わず息をのんだ。

「え、えっと……」

 

「あのさ、『最後まで』はちょっとまだ怖いけどさ、その手前くらい? までだったら……」

「星那……。ほんとにいいのか?」

「……いいよ」


 その夜、大輝と星那は、初めて素肌で抱き合った。

 奇しくもこの日は、かつて大輝と星那が初めてキスをした日でもあった。

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