第19話 小さな誤算とやり直し

 翌朝。大輝だいきは今年10回目の3月22日を迎えた。


 ――いよいよ、「想いよ、届け」の全てが明らかになるときが来た。


 札幌の3月はまだ寒い。 凛とした冷たい空気が、大輝の気持ちを奮い立たせる。


 この日大輝は、計画通り「想いよ、届け」の上演に反対し、「離脱」に成功した。その後、じんと共に宝くじを購入。番号はもちろん大輝の家の電話番号の下4桁……つまり、この日の当せん番号だ。

 全て計画と通りだ。この日は星那せなに経過をLINEで報告するだけで済ませた。


 翌、23日。今日は星那と佐倉家へ訪問する。今日の訪問により、美里さんとつながることが出来る大事なイベントだ。前回同様、大輝と星那は、学校の最寄り駅、あいの里教育大駅に降り立った。


「それじゃ、ボクは生協のトイレで着替えてくるから~」

 そう言って、星那と大輝は別れた。星那がトイレで制服に着替えている間、大輝は宝くじ売り場で当せん金を換金する。


「あら、すごい! ストレート当せんですね。おめでとうございます!」

 宝くじ売り場の初老の女性は、そう言って、祝福してくれた。

 ところがである。


「ただね、こんなに大きい金額は銀行に行かないと受け取れないのよ。これをもって、親御さんと一緒に銀行に行ってくださる?」

「え? そうなんですか?」

 

 大輝は目を丸くして、店員さんから返された宝くじを受け取った。


 ――マジか。


 大輝はとりあえず受け取った宝くじを持って、生協に向かった。トイレの近くで待っていると、制服姿に着替えた星那が出てきた。

「おまたせ~」

「星那、ちょっと問題が発生」

 星那は不審そうな顔をする。

「どうしたの?」


 大輝は端的に先ほどの宝くじ売り場でのやり取りを伝えたうえで言った。

「親が絡むと、ちょっとやりにくいよな」

「確かにね。金額も大きいから、自由に使えないかもしれないし」


 二人ともどうしたものかと頭を抱えた。


「とりあえず、この後どうする? 一応、佐倉さんち行く?」

 星那にそう問われ、大輝は暫し考えたのち言った。

「まぁ、この後どうなるかわからなけど、美里さんとつながるには今日佐倉さんの家に行っておかないといけないから、とりあえず行くか」

 そう言って、二人は佐倉家へ向かった。


 佐倉家では、順調にストーリーが進み、無事美里さんとお会いする約束も出来た。


 佐倉家からの帰り道、星那が言った。

「とりあえずさ、今は『離脱中』だから、何かあってもタイムリープ出来ないじゃん? だから、一旦『想いよ、届け』に戻しておいた方が良くない?」

 

 星那の問いかけに、大輝は唸る。

「うーん、言いたいことはわかるけど、昨日「想いよ、届け」を却下したばかりだからなぁ。どうやってストーリーを戻したらいいか……」

「例えばさ、『坂の多い街』を提案された時点で、『やっぱり難しいから無理だ』って言うとか」

 星那の提案に大輝は思わず笑った。

「それさ、俺めっちゃヤベェ奴じゃん!」

 

「確かにそうなんだけどさ。でも、この先、リープするポイントで一番近いのは、ボクが入部する日の『ビデオカメラ』じゃん? それまでにストーリーを戻しておかないと次は舞香まいか先輩の骨折事故になっちゃうもん。」

「そうだよな。だとしたら、今のうち、ストーリーを戻すしかないかぁ」

 大輝は乗り気ではなかったが、星那の提案に従うことにした。


 

 3月25日月曜日。先日のミーティングで大輝が「想いよ、届け」に反対したことを受けて、この日、演劇部はミーティングの召集がかかった。

 前回同様、1年生1名を除く6名が集まった。


「文化祭の上演について、顧問の土田先生と相談した結果、『坂の多い街』がいいのではないかという話になったんだけど、どうだろうか?」


 部緒の提案に、大輝と舞香は思わず顔を見合わせた。


「大輝、どうだ?」

 部長が、声をかける。


「う~ん、いくつか問題点はあるよな。まず、2年前に同じ作品を上演していること。そして難易度が高いこと。更に、極めつきは役者が足りないこと」


 そう言う大輝に続き、舞香も意見を出す。

「まぁ、役者は新入生が何人か入ってくれれば何とかなるんじゃない?」

 

 実際、この後新入生は3名入ってくることを大輝は知っているが、この時点では誰も分からない。

「新入生が入って来るなんて保障、どこにもないだろ? 部長、もし『坂の多い街』をやるんだったら、あと何人必要だ?」

 大輝の問いに部長が答える。

「スタッフも含め、少なくともあと3人は必要だな」

 

「3人かぁ。厳しいなぁ」

 大輝はわざとらしくため息をつく。

「3人くらいなら、勧誘頑張ればなんとかなりませんかね?」

 当時1年生だった結芽ゆめがそう言うと、大輝は思わず舌打ちをしそうになった。

 

 ――おいおい、子猫ちゃん。余計なことを言うんじゃないよ。

 

 大輝がそう考えていると、今度は舞香が発言する。

「私はやっぱり、難易度の方が気になるわ。当時は優秀な先輩方がいっぱいいたからよかったけど、今は人数も少ないしね」

 舞香の発言を受けて、大輝もわざとらしく加勢する。

「そうだよな。それならやっぱ、この前の『想いよ、ナントカ』っていう方がマシだったかね?」

 

「でも、大輝先輩はあの作品、反対でしたよね?」

 

 そう言う彩菜あやなに大輝は心の中で毒突く。

 ――うるせぇ! 余計なこと言うんじゃない!

 

 しかしそうも言えず、大輝は穏やかに言う。

「それほど、『坂の多い街』は難易度が高いってことだよ」

 

 些か強引な展開ではあったが、結局この日のミーティングで、文化祭で上演する演目は「想いよ、届け」に決まった。

 ストーリーは戻った。後は、4月12日の部活終了後の部室で、ビデオカメラの前で星那と抱き合えば、リセットされる。


 大輝は星那に顛末をLINEで報告し、この日は疲れを癒す為に、早めに寝た。


 ★  ★  ★

 

 翌朝、大輝は母親に起こされて目覚めた。


「大輝! いつまで寝てるの。ほら、遅刻するよ!」

 大輝は眠い目をこすりながら言う。

「何だよ、春休みなんだからもう少し寝かせてくれよ」

「何寝ぼけたこと言ってるの! 早く起きなさい! 近所の銀行に強盗が入ったんだってよ?」


 ――は?


 大輝はそれを聞いて飛び起き、急いでスマホを確認する。


 3月22日、金曜日。


 ――なぜだ?


 驚いた大輝は、急いで身支度をしながら、すぐに星那と連絡を取り合う。

 

【恐らく「想いよ、届け」のストーリーに戻ったから、昨日の「宝くじ」が矛盾して、タイムリープを引き起こしたんだよ】

 星那からそう返答があった。

【とりあえず、俺は今日どうしたらいいかな? 「離脱」した方が良いか?】

【「離脱」しちゃうと戻るの大変だから、そのままで。とりあえず大輝が学校に行っている間、ボクが対策考えるから】

【わかった】


 大輝は取り合えず、星那に対応をまかせて学校へ向かった。


 大輝は1回目と同じストーリーをなぞり、今回は無事「想いよ、届け」に決まった。

 その後、星那の指示に従って「当せん番号」である宝くじを購入した後、大輝は札幌駅へ向かった。


 大輝は以前と同じように星那とサツエキで待ち合わせ、カラオケ店へ入った。

 いつもなら、暫し「二人の時間」を楽しむ大輝と星那だったが、今日はすぐに本題に入った。

 

「ボクが調べたところによると、まず一般の宝くじ売り場だと、1万円を超える当せん金は受け取れないらしい。たまに10万円まで受け取れる宝くじ売り場はあるけど、それ以上だと銀行に行かないといけないみたい」

「なるほど」

 大輝はうなずきながら星那の続きを待つ。

「特に50万円以上になると、本人確認書類が必要になるから、『年確』とかもされるかもね」

「そもそも、宝くじって未成年でも買っていいのか?」

「それはいいみたいよ」

 

「じゃぁ、10万円以下の当せん金で、宝くじ売り場で換金するのが良いって訳か」

「そういうことね」

「でも、他の当せん番号知らないしなぁ」

 そう言う大輝に、星那は笑顔で言う。

「それは大丈夫! この後、今日の当せん番号が発表になるから、それを覚えて明日買えば……」

「なるほど!」

 

 星那はスマホで過去の宝くじの当せん番号を調べ始めた。

「ナンバーズ3なら、10万円前後の当選金額だから、もし今日の当せん金が10万円以下ならありがたいんだけど」

「そっか、10万円以上の事もあり得るのか」

「そうね。そしたら、当選金額の少ない『セット』を何口か買えばいいんじゃないかな?」

 

「なるほど。やぁ、しかし用意周到にやらないとだめだよな。今回、初日からつまずくなんて。このままじゃ俺たち、永久に7月7日が来ないぞ」

「確かにね。とりあえずさ、明日以降の動き、もう一期確認したおこうか」

 

 大輝と星那は、今一度、タイムリープ後の動きを再確認した。

 

「よし! これで完璧だな。そろそろ帰るか」

「今日は中学生のボクとキスしなくて大丈夫?」

 星那はいたずらっぽく笑う。

「その言い方やめろ!」

 そう言いながらも大輝は、外から死角になる壁際で、星那を抱きしめた。

「また、少し小さくなった気がする」

「かわいい?」

「うん、かわいい……」

 そう言いながら、大輝は星那とキスをした。

 

 

 その日の夜、大輝は夕食を済ませて自室でのんびり過ごしていると、星那からLINEが届いた。

【大輝、今何してる?】

【部屋でダラダラしてた】

【電話しても良い?】


 大輝は返事をする代わりに、通話ボタンを押した。

「もしもし、大輝?」

「ああ」

「当せん番号分かったよ!」

「お! それで金額は?」

「9万1300円。10万円以下だった!」

「いいじゃん!」

 大輝は思わずガッツポーズをする。

 

「でもさ、埼玉に行くのに二人で9万円で足りるのかな?」

「あぁ、2口ぐらい買っておくか」

「うん、その方がいいかも」

 

「しかし、なんか気が引けるよな。当せん番号調べてタイムリープするのって、違法じゃないのかなぁ?」

「大輝。多分、法律もそこまで想定していないと思うよ」

「まぁ、それもそうか。しかも、いずれはまたタイムリープして『無かったこと』になるもんな」

「そうそう!」

 

 

 

 翌日。12回目の3月22日を迎えた大輝は、計画通り慎重に「離脱」を遂行。そしてナンバーズ3を2口購入した。


 そして次の日、大輝は朝から地下鉄麻生駅近くの宝くじ売り場へ赴いた。ここは10万円までの当せん金が受け取れるそうだ。

 なるべく大人っぽい恰好をして向かうと、難なく換金が出来た。

「おめでとうございます!」


 その後、新琴似から電車であいの里へ向かう。今日は午後から、再び佐倉家へと向かう予定だ。

 

 あいの里教育大駅で星那と合流。前回同様、駅前の生協で星那は制服に着替え、佐倉家へ向かう。

 ここで今回のストーリーでも、美里さんとつながった。

 

 その後も順調にストーリーは進み、3月30日の美里さんとの会食を経て、4月12日、星那が演劇部に入部してきた。これまでと違うのは、今は「坂の多い街」に取り組んでおり、星那は「鈴夏すずか」役となった。

 

 そして13日、美里さんから会長のお姉さんとコンタクトが取れたと連絡が来る。

 大輝は今回は「行きます」と返事をした。

 

 さぁ、いよいよ、「想いよ、届け」の全容が明らかになる。

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