第17話
「お前は、女子でよかったよ……」
「だろ?」
笑顔を浮かべてから、夏希は気を取り直す。
「というわけで美咲ちゃんについてだけど、一緒に食事したとき聞いたけど凄いよ。オンライン対戦での全国ランキングだけど、プロ選手を除いたアマチュアアリーナで九八位だって」
「「「九八位!?」」」
それはつまり、プロ選手という例外を除けば、高校生や大学生、さらにプロ選手ではないけれど【スクランブル】を趣味にしている社会人を全員ひっくるめても、彼女よりも強い人は一〇〇人もいないということだ。
高校一年生の四月で、それは凄い。
「実家は貴佐美グループっていう会社を経営している正真正銘のお嬢様。会社にはMRサービス部門もあって、親はMRゲームに理解があるから、小学生の頃から元プロ選手のコーチ付きトレーニングをしている英才教育のエリートらしいよ」
すらすらと貴佐美の経歴を言いあげる夏希の饒舌さに驚きつつ、俺の対戦相手の無敵ぶりに絶望した。
「俺、そんなのに勝たないといけないの?」
「大丈夫よ幹明。あんたより少し強いあたしでも普通に戦えているんだから」
「それ、手加減されているってことないかな?」
「遊ばれているって言いたいの!?」
「だって春香の全国ランキングって確か……」
「うっさいわね!」
春香がずいっと手のひらを俺の口に押し当ててきて、言葉を遮った。
春香の手の平って、意外とやわらかいんだな。
とか、どうでもいい情報が増える。
「そういうことなら、春香ちゃんとボクの二人でチームを組んで、幹明と二対一バトルでもするかい?」
「いや、二人とも貴佐美とは戦闘スタイルが違い過ぎるからなぁ。二人は召喚術学園アバターって、どれぐらい使っているの?」
前にも説明した通り、【スクランブル】のアバタータイプは全部で六つ。
プロゲーマーたちが参加する世界大会では、全タイプのアバターが入り乱れて戦う【スクランブルリーグ】の他、それぞれのアバタータイプ限定で戦う、【召喚術リーグ】や【ミリタリーリーグ】などが存在する。
他にも、六種類のアバターで一回ずつ戦い、四本先取勝利という種目もある。
今はみんな、自分の得意なアバターばかり使っているけど、本気でプロを目指すなら、他のアバターも使いこなせたほうが、プロとしての息は長い。
「ボクの召喚術学園アバターは、美咲ちゃんのフェンリルとは戦闘スタイル違うなぁ。仮想美咲ちゃんにはならないと思う」
「あたしは召喚術アバター事態、あんま使いこんでいないのよねぇ」
夏希と春香は、そろって眉根を寄せ、困った顔になる。
俺も、頭を悩ませた。
二人には悪いけど、このまま、ただ春香や夏希と戦うだけで勝てるほど、貴佐美は甘くないと思う。
なら、できるだけ難易度を上げるという意味で、二人を同時に相手にしつつ、ハンデとして、俺のHPだけ低く設定するのがマルか。
三人そろって唸り声をあげる。
三人寄れば文殊の知恵とは言っても、流石に限界があるらしい。
そこへ、四人目の声が響いた。
「ねぇ、さっきから聞いていたら、美咲と戦うために美咲対策をしたいって話なんだよね?」
美奈穂の、能天気な問いかけ。
「じゃあ美咲に頼めばいいんじゃないの?」
頭上に疑問符でも浮かべるような仕草で、首をかしげる美奈穂。
「いや、お前に勝ちたいから練習台になってくださいとか戦ってくれるわけないじゃん?」
「そんなの聞いてみないとわからないじゃない? まって、いま連絡するから」
言って、美奈穂は目の前の空間を指でつつき始める。
彼女にだけ見える、AR画面を操作しているのだろう。
「え? 連絡先知っているの?」
「そんな、ボクでも知らないのにどうやって!?」
「聞いたら教えてくれたよ?」
「ボクのときはやんわり断られたのにぃ!」
「お前は邪念が多すぎるんだよ」
「うえーん慰めて幹明ぁ!」
わかりやすいウソ泣きですり寄ってくる夏希を押しのけようとしていると、通話が終わったらしい。美奈穂が顔を上げる。
「OKだって。十五分後に来るって」
「「「展開早ッ!?」」」
驚愕する俺らとは違い、美奈穂の表情は朗らかだった。
「そういえば幹明。穴はどうするの?」
美奈穂からの不意な問いかけに、俺は思い出す。
「ん、確かに、貴佐美が来る前にてきとうなもので隠しておこうか」
「そうね。修理を頼むのは明日にしましょ」
春香がうなずいて俺に同意すると、美奈穂がまばたきをした。
「え? でもさっき幹明が、自分らのせいにされたら困るから黙っておこうって」
「えぇ? じゃあ部屋繋がったままじゃない!?」
「わたしのほうはこのままでもいいけど?」
「え?」
一瞬、春香が慌てたように俺と美奈穂の顔を見比べた。
それから、こほんと咳ばらいをひとつ。
「なら、あたしたちもこのままにしておきましょう」
「え? 俺は助かるけど本当にいいの?」
俺の問いに、春香はやや不機嫌そうに答える。
「い、いいわよ。それに、この穴があったほうが、行き来が楽でしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
俺がうなずくと、春香は一転、機嫌がよくなる。
「じゃ、あたしのほうからはポスターを張るから、あんたは服でもかけなさい」
「て、それじゃ春香のほうだけ行き来が自由になるじゃないか!」
「何よ、あたしの許可なく乙女の聖域に踏み込む気!?」
「じゃあ春香だって俺の許可なく男子の聖域に踏み込むな!」
「男子の聖域って何よ? あたしに来られたら困ることでもあるの?」
「ヴぇっ!? そ、それは……」
くちびるを尖らせてくる春香を直視できず、つい視線を逸らしてしまう。
「ほ、ほら、俺だって思春期だし、一人でお楽しみ中の時だってあるし、急に突撃されたら……春香だって気まずいだろ?」
「なぁっ!?」
ぼんっ、と音がしそうな勢いで、春香の顔が赤く染まった。
「禁止よ禁止! あたしの目が黒いうちは、お楽しみタイムなんて許さないんだから!」
「えぇええええ!? そんなぁ!」
「待つんだ幹明。これはつまり春香ちゃんが代わりにいやごめんなさい!」
春香が拳をかざすと、ついさっきシバキ倒されたときの痛みを思い出したのか、夏希はおとなしくなった。
インターホンが鳴ったのは、その時だった。
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