第16話

「う、うぉおおおおおお! 春香ちゃんの無防備な下半身が目の前に、感動だぁ!」

「ちょっと夏希! 変なことしたらただじゃおかな、ひゃんっ!」


 春香の顔に、桃色が走った。

 桃色は顔全体に広がり、やがて赤へと変わる。


「ちょっ、夏希あんた何をして! あ、ダメ! ダメダメダメ! 今あたし動けないんだから! ちょっ、それシャレにならないわよ! あ、あ、あぁっ!」


 春香の怒り顔がゆがみ、ゆるみ、何かに耐えるように歯を食いしばりながら、体をぶるぶると震わせる。頭の左右から垂れる、栗色のツーサイドアップも、小刻みに揺れた。


 まるで、断続的に電流を流されているようだ。


 壁一枚向こうで行われているR指定に想像力が働いてしまう。

徐々に、俺も夏希と同じ、文明人にあるまじき欲求に駆られてしまう。

 俺が人道と獣道の間で揺れ動いていると、美奈穂が不思議そうに首をかしげる。


「ねぇ幹明、今ってどういう状況なの?」

「え!? そうだね、夏希がイタズラな妖精さんになっているのさ」

「いい加減にしろゴルァッ!」

 ドフッ!

「ぴぎゅっ!」


 春香が女子にあるまじき怒声を吐くと同時に、壁の向こうから不穏な音が聞こえた。

 顔面蒼白ならぬ、鬼面紅迫の表情で、春香は自分の部屋に戻った。


「なつきぃいいいいいいい!」


 穴の向こう側という画面から春香がフレームアウト。


「美奈穂、ここから先はR指定だから」


 俺が素早く美奈穂の耳を塞ぐと、放送コードに引っ掛かりそうな夏希の悲鳴と、残酷なスプラッタ音声が聞こえてくる。

 穴に背を向けて、不思議そうな顔の美奈穂と見つめ合う。


「? ?」

 う、悔しいけど、やっぱり可愛いな。


 青くてくりくりした目で瞳を覗き込まれると、ドキドキしてくる。まるでキューピッドの矢みたいな視線だった。


 なんて、俺がほわほわしている間に、R指定タイムは終了。

 ずずず、っという死体を引きずるような音のあとに、どさりという死体を遺棄するような音が聞こえる。


 振り返れば、そこには鼻と口から血を流し、白目を剥いて痙攣する半裸の夏希が、浜辺に打ち捨てられた死体のように転がっていた。


 可哀そうに。次に産まれてくるときはもっと頭のいい子におなり。

 愛すべき馬鹿の冥福を祈りながら、俺は黙とうをささげた。


   ◆


 五分後。

 夏希の救援物資であるお菓子を食べながら、俺は床に腰を落ち着けていた。

 パンの耳以外の味がするって幸せだなぁ。


「じゃあ、作戦会議を始めるわよ」

「おー」


 お菓子を広げたテーブルを囲む俺の右隣に座る春香が声を宣言して、さらにその右隣に座る美奈穂が声を上げた。


 夏希を警戒する春香は、左右を俺と美奈穂でガードする形だ。

 さっきは、具体的にどんなことをされたんだろう。


 学者気質で知的好奇心が旺盛な俺としては気になるところだけど、春香の名誉のためにも聞かないでおこう。決して、保身のためなんかじゃないんだからね。

 と、俺が自分に言い訳をしていると、夏希がクールな表情で切り出した。


「じゃあ、まずは相手の情報だね」


 かっこつけているところ悪いけど、鼻にティッシュを詰めているから様にならないぞ。


「一応聞くけど、三人は美咲ちゃんのこと、どれぐらい知っているの?」


 俺、春香、美奈穂は顔を見合わせてから、やや困った顔になる。

 正直、クラスメイトとして以上の貴佐美を、俺は知らない。


 それは、春香と美奈穂も同じらしい。

 主席入学するほどの実力なら、名前が知れ渡っていても良さそうなものだけど、これには理由がある。


 MRゲーム【スクランブル】のプレイヤーは、全国に一千万人以上いると言われている。


 だから、その中の上位ランカーと言えど、数は数千人にのぼる。

 流石に、その一人一人を把握するなんてコアなファンでも不可能だ。


 それに中学生までは、公式大会に出る人も少ない。

だから、高校一年の四月じゃ、強いけど無名、なんてのは珍しくもない。


「ふふふ、なら、ボクの出番だね」


 まるで、推理ショーを始める探偵のように知的な顔で、夏希は鼻のティッシュを抜いた。鼻血は治まったらしい。


「何か知っているの?」

「当然だよ。幹明はボクを誰だと思っているんだい? 学園美少女ランキング一位の貴佐美美咲ちゃんならストーキングとナンパを完了済みだよ」

「情報の入手経路!」


 いい加減、夏希はそろそろ青い服のお兄さんたちのお世話になる気がする。


「夏希、俺は塀の向こう側のお前に面会するのは嫌だぞ」

「幹明は青いね。日本は女性が性的犯罪を犯しても無罪になりやすくできているんだよ?」


「神様はなんでお前を女に作ったんだろうね……」


 俺が肩を落とすと、夏希は邪悪な笑みを浮かべる。


「本当に、そう思っているのかな?」

「え?」


 今までの夏希との思い出を振り返り、その全てを夏希が男だったら、と仮定して編集してみる。特に、未遂に終わった昨日の過ちについて。


「ウッ!」


 途端に、胃袋が裏返りそうなほど、何かがこみ上げてきた。


「お前は、女子でよかったよ……」

「だろ?」


 笑顔を浮かべてから、夏希は気を取り直す。

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