第24話


「ですが、残る一六七七人を救ったことは、誇るべきことのはずです」


 龍崎教官の声は、どこか必死だった。自分の憧れを守ろうとするような彼女に、そしてクラスのみんなに伝えるように、俺は活舌よく、言葉を続けた。


「民間人に一人でも犠牲者が出たなら、それは軍人の敗北だ。その後、何万何億の人を救っても、その一人は生き返らないし取り返しもつかない」


 国も文化も言葉も違っても、なお伝わる彼らの嘆きを、俺は忘れないし忘れてはいけない。


 自分が英雄だなんて自惚れた勘違いは、軍人失格だ。


「イレブン・フォースには俺らを讃える美辞麗句が並んでいるけど、俺は勝利の美酒の味なんて知らない。戦いの後は、いつだって苦くてしょっぱい涙を味わうんだ。勝った勝ったと喜んでいるのは、前線を知らない上層部だけさ。兵士にできるのは英雄的であろうとするだけ、誰も、決して真の英雄になんてなれないさ」


 龍崎教官は息を呑んで、それから表情を改め、厳格な声を作った。


「お言葉を返すようですが、我々は神ではありません、ただの人間です。全てを助けたいと思うのは、少々傲慢ではないでしょうか?」


 たぶん、俺はいま、気が張っている。

 だから、自然と口調が戦場のソレに近くなった。


「龍崎早百合少佐」


 身構える彼女に、俺は告げた。


「人間だから欲望に忠実で、神よりも傲慢なんだよ。少なくとも、第十一小隊のメンバーはみんなそうだった」


 しんと静まり返る教室から、恋芽への関心が消えたことを確認してから、俺は被りを振った。


「長々と昔話をして悪かったな。だけど教官、当時のことは後世の評価は交えず、ありのままを授業にしてくれると助かる」

「……承りました。では、これより授業を始めます」


 龍崎教官の声には、反省の色が滲んでいた。

 恋芽も、自分の席で、少し戸惑うような表情でうつむいていた。

 生徒一人一人の前にMR画面が開いて、授業は始まる。


 奏美は、俺が昔話をし始めた時からずっと、心配そうな顔で俺を見つめてくれていた。


 彼女が何を考えているのかは、なんとなくわかった。


 不謹慎だけれど、家族を心配させているのに、俺はその心配が嬉しくて、穏やかな気持ちになった。


 すると、俺にだけ見える、ARモードのくまおが、手紙を取り出した。


 確認ダイアログが開いて、オープンボタンをタップすると、AR画面が開いて、奏美からのメッセージが表示された。


『守人。わたしは、守人のしたことは立派だと思うよ。守人に守られた人は、きっとみんな感謝していると思うの。だから、あまり自分を追い詰めないでね。わたしにできることなら、なんでもするから』


 すぐ隣で、MRキーボードをタップしながら、奏美は柔和な表情を浮かべていた。その包容力に、俺は感謝を込めてメッセージを返した。


『じゃあ、放課後の訓練はよろしく頼むよ。無力のままじゃいられないんだ。言ったよな。二週間で、俺を恋芽に勝たせてみせるって』


 奏美の横顔が、きりっと引き締まった。


『任せて。これでも私、ブレイルの操縦は大得意なんだから。量産機同士なら、明恋にだって負けないよ』

『それは楽しみだ』


 俺は、指を弾ませながら送信ボタンをタップした。


   ◆


 放課後。

 俺と奏美は、パイロットスーツ姿で、学園敷地内のアリーナに来ていた。


 雨の日以外は天井が解放されているアリーナは、東京ドームよりも、古代ローマのコロッセオを思わせた。


 地面が土なのは、実戦に近くするためらしい。

バトルフィールドは客席よりも三メートルほど低く、広さは東京ドームのおよそ四倍。


 階段状になった客席は、二〇段以上はありそうだった。

 近くの客席は、女子生徒たちでいっぱいだ。


「他に練習している奴の姿がないけど、俺らで貸し切っていいのか?」

「ブレイルの操縦訓練ができる場所は他にもあるし、みんな、試合当日までは守人の訓練を見るほうが興味あるみたい」


 どうりで客席に人が多いはずだ。


「じゃ、ブレイルを実体化させて」


 言いながら、奏美はブレインメイルを実体化させて、装備した。

 俺も、AR画面をタップして、ブレインメイルを実体化させた。

 手足や背中に光の粒子が集まって、一瞬で金属の装甲を実体化させていく。

 量産型ブレインメイル、アオツバメの完成だ。


「じゃあまず、ブレイルの基本情報から教えるね」

奏美は嬉しそうに、ちょっと先生口調で説明を始めた。


「ブレインメイルは、脳波で動かすブレインコンピュータシステムだから、操作に細かいボタン操作はいらないの。慣れないうちはボイスコマンドで命令すれば、AIがその通りにしてくれるけど、実戦だと喋っている暇なんてないから、脳波だけで、脊髄反射レベルの操作ができるように頑張って」


「ああこれな。利き手じゃない腕がたくさん増えたみたいでやりにくいよな」


 言いながら、腰の尾翼と、肩のランチャーパーツを動かしてみる。


「そうだね。守人って右利きだよね。じゃあ左手でスプーンを使う気持ちで頑張って」

「あ、それわかりやすいな。ナイス」

「うん、じゃあ次のステップにいくね」


 俺が親指を立てると、奏美は嬉しそうに微笑を浮かべた。

 声も、さっきより弾んでいる。

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