第23話
翌日、一時間目の授業は戦史の授業だった。
教室は大学のような階段教室で、俺の席は、最前列の中央だった。奏美はその隣だ。
現代ではAR画面とMR画面で授業を進めるので、ノートや教科書、筆記用具は消滅。学園には手ぶらで行くのが当たり前らしい。
俺も、手ぶらで登校した。
「授業を始めるぞ! 全員席に着け!」
龍崎教官の雷声が教室中に響いて、俺らを取り囲んでいた女子たちは席に戻った。
今朝は質問攻めにあっていたので、少し助かった気分だ。
それに、龍崎教官の怒号を聞くと、千年前を思い出して身が引き締まる。
やっぱり、教官職はこうでないと。
が、龍崎教官は教卓に着いて俺と視線が合うなり、背筋を伸ばして敬礼を飛ばしてきた。
「おはようございます中佐殿! 本日もよろしくお願い致します!」
「お、おう」
――忘れていたけど、俺は五階級特進で中佐なんだっけ。
教官のほうが階級低いって複雑だなぁ……。
「では、本日の授業だが、中佐殿とのコミュニケーションを円滑にするために、急ではあるが、第三次世界大戦について解説したい。皆、【イレブン・フォース】は読んだな?」
『はーい♪』
背後から響く明るい声に、俺は頬をかいた。
イレブン・フォースとは、第三次世界大戦で活躍した、俺の所属する部隊、特殊作戦群第十一小隊についてまとめた本だ。
今朝、奏美からデータを借りて読んだけど、美化され過ぎていて笑えた。
すると、俺の心を読めるかどうかは知らないけど、恋芽が口を挟んできた。
「お言葉ですが教官、あの本を教材にするのはいかがなものでしょうか?」
みんなの視線が、恋芽に集まった。
もちろん、龍崎教官の鋭い視線もだ。
「それはどういう意味だ?」
「あの本は私も読みました。ですが、『当時の記録や証言を元に書いた』とは銘打っていますが、書き方がどこか物語風でいちいちドラマチックな展開が入りますし、戦記小説を読んでいるような気分でした。そもそも、あの本が書かれたのは第三次大戦が終わり、勝者のない戦争に国民からの批判が多くなった時期です。戦争を美化し、勝てなかったが守られた命もあると世に訴えるための、プロパガンダ本の可能性は無視できません。それに」
攻撃的な声音の矛先が、俺に移った。
「その男のことも、随分と英雄視して書かれていましたが、私には本の【登場人物】と同一人物だとは思えません」
「口を慎め明恋。中佐殿の前だぞ!」
龍崎教官に続いて、他の女子たちも、恋芽にブーイングを飛ばした。
このままでは仲間割れになってしまう。
それに、この言い争いは不毛だ。
俺は当事者として、すぐさま仲裁に入った。
「いや、恋芽の言う通りだ。俺も今朝読んだよ。あれは美化し過ぎている」
恋芽は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったようにまばたきをするも、すぐに視線を逸らし、取り繕った。
「ほら、本人だって認めているじゃない」
「中佐殿。それは本当でしょうか?」
龍崎教官は、らしくない、やや不安げな声で訊いてきた。
でも、俺は嘘をついて他人からの評価を得ようとは思わない。
「本当だよ。例えば、ベトナム戦線で、俺らは現地の村の防衛作戦を行ったことになっているけど、そんな事実はない。実際は、通信機が故障してジャングルを彷徨っていたら、偶然、C国に蹂躙されている村があったから助けたんだ。たぶん、偶然じゃなくて、最初からこの村の救援に来ましたってことにしたほうが、外聞がよかったんだろうな」
みんなは、きょとんとまばたきをした。
「あと、●●の戦いで、俺らがR国軍を撃退したみたいに描かれているけど、こっちの犠牲も少なくなかった。痛み分けってのが正当な評価だろうぜ」
続けて、俺はいま思い出すのも忌まわしい、黒歴史について触れた。
「それに■■の町の人たちを避難させて救った話があるけど、実際には一七七三人中、九六人が敵の奇襲で殺されている。俺らは、町の人たちを守り切れなかったんだ」
あの時のことを思い出すと、いつも重いため息が漏れる。
頭の奥が、ずんと重たくなる感覚に、俺は奥歯に力を込めた。
「何を言うのですか中佐殿。あの戦力差、状況で犠牲者をたったの一割未満に抑えるなど神業です」
「たった一割じゃない。死んだ九六人とその家族にしてみれば、取り返しのつかないことなんだ」
全身の血液が、徐々に冷えていく屈辱は、千年経っても消えるわけがない。
家族を失った人の泣き顔と、守れなかった人の死に顔を、俺は忘れない。
「ですが、残る一六七七人を救ったことは、誇るべきことのはずです」
龍崎教官の声は、どこか必死だった。自分の憧れを守ろうとするような彼女に、そしてクラスのみんなに伝えるように、俺は活舌よく、言葉を続けた。
「民間人に一人でも犠牲者が出たなら、それは軍人の敗北だ。その後、何万何億の人を救っても、その一人は生き返らないし取り返しもつかない」
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