第21話


 その時、助け船どころか、救いの船が現れた。


「ちょっとみんな! 守人に何してるのさぁ!」


 突然降ってわいた声に、みんなの興奮が覚めかけた。

 視線の先にいたのは、制服をブレザーまできっちりと着込んだ奏美だった。

 顔を耳まで真っ赤にして、俺らを指す指をぷるぷると震わせていた。


 その姿は、まるで大好きな兄が、友人女性に押し倒されているところを目撃してしまった妹のようだった。


 そんな奏美に、女子たちは訴える。


「なんでナイトウェア着ていないのさ!」

「ガッカリだよ!」

「いつもそうじゃん! いつだってそうじゃん!」


 たぶんあれなんだろう。


 いまの奏美は、せっかく海に来たのに一人だけ水着じゃなくてシャツに短パン姿で期待外れみたいな感じなんだろう。

 おかげで、みんなは完全に酔いから覚めていた。


「大浴場にも一回も来ないし、どんだけ出し惜しみするのさぁ!」

「え? 奏美って大浴場使ったことないのか?」


 軍における風呂は、集団使用が常識のはずだ。

 軍に入ってからは、個室なんてほとんど使ったことのない俺には、奇妙に聞こえた。


 奏美は顔の赤みをさらに深くしながら、ばつが悪そうに視線を泳がせた。


「そ、それは、お風呂は一人でゆっくり派だから……ねぇ?」

『きゅっ』


 顔の横で、わーちゃんがこくこく頷いて肯定した。

 けど、一人の女子が半目でニヤリと口角を上げた。


「あんたが大浴場に来ないのはおっぱいの大きさがバレるのが恥ずかしいからでしょ? もうバレてるのに」

「違うもん! そんなんじゃないもん!」


 奏美が脊髄反射の速度で胸を抱き隠すと、三人の女子が小躍りを始めた。


「あたしも知ってるよん。ワンサイズ小さめのブラをしてサイズを誤魔化しているの」

「あたしも知ってるよん。パイロットスーツの設定調節して胸を小さく見せているの」

「あたしも知ってるよん。水着なんてチューブトップの上からパレオで偽装しているの」


「お前みんなから愛されているなぁ」

「事実無根だもん! おっきくなんてないもん普通だもん!」


 涙目になりながら、奏美が肘を曲げて胸の左右で拳を振ると、

 ブチン

 と、不吉な音がした。


「わぁっっ!」


 電光石火の早業で胸を抱き隠しながら、奏美は俺らに背中を向けた。

 肩越しに見つめてくる奏美の涙目から、視線を外した。


「き、聞こえてないぞぉ」

「嘘は上手についてぇ!」


 奏美の眼から涙が迸った。

 その様子に、三人の女子たちが向かい合ってため息をついた。


「奏美のブラの労働環境ってブラックだよね」

「ほんと、労働基準法は厳守してほしいよね」

「誰かブラの労働基準監督署に連絡しないと」

「ブラックじゃないもん!」


 無実を訴える奏美の姿に、俺は酷くいたたまれない気持ちになったのだった。


 ――だから一人部屋を申請したのか。同居人に、胸のサイズがバレるから。


 新たな声がしたのは、そう俺が納得した時だった。



「貴女たち、こんなところで何をしているのよ!?」


 声の主は、二週間後に俺と勝負をする、恋芽明恋だった。

 両目と眉を吊り上げて、主に俺のことを睨みつけてくる。


「何ってパジャマパーティーだよ?」

「明恋も参加するぅ?」

「勝負をする者同士、守人くんと親睦を深めるのも大事じゃない?」


 けど、恋芽は女子たちの誘いを一蹴して、床を踏み鳴らした。


「ふざけないで! 編入初日から神聖な学び舎で、裸同然の恰好で乱痴気騒ぎなんて非常識にもほどがあるわ!」


 あまりの剣幕に、俺もすっかり酔いが覚めた。


「え? 今の時代って、夜はこういう恰好は普通じゃないのか?」

「どこの普通よ!」


 どうやら、俺は騙されていたらしい。

 千年前の人間なら、簡単に騙せると思われたのは軽くショックだ。

 と、俺がそう思った矢先、今度は女子たちが言い返した。


「いやいや普通でしょ。明恋ってば何百年前の人間?」

「別に下着姿で外出ているわけじゃないんだしいいでしょ?」

「ていうかこれ、下着メーカーがナイトウェアとして商品販売しているんだけど?」


 ――え? どっちが本当なんだ?


 俺が逡巡していると、恋芽が答えをくれた。


「じゃあそのメーカーがおかしいのよ! そんないかがわしい商品を売るメーカーなんてまともじゃないわ!」


 ――あ、なるほどな。


 ありていに言えば、恋芽は凄くお堅い子なのだ。

 俺の時代にもいた。


 CMに出演している女性の巨乳が揺れただけでいかがわしいとクレームをいれる人がいれば、巨乳のアニメキャラのポスターが公共の場に張られているだけで、卑猥だとして非難する人もいたし、若い女子のファッションが少し露出度が高いだけで、下品だと声を荒らげる人もいた。


 こうしたクレーマーほどではないにしろ、たぶん、恋芽も性的なことに強い抵抗感がある側の人間なのだろう。


 ダイヤモンドのようにお堅い恋芽の視線が、キッと俺を射抜いた。


「やっぱり、資料で読んだ通りね。男子は性欲の塊で理性の欠片もない野人なんだわ」

「おいおい、それは酷いんじゃないか?」

「そうやって半裸の女の子たちを侍らせながら言われても信じられないわよ!」


 ――勝ち目ねぇ!


 戦車師団相手に、素手で立ち向かう程の戦力差を感じて俺は絶望した。


「そんなこと言わないでよ明恋、守人くんのカラダ凄いんだから!」

「一緒に居るだけでムラムラが止まらないんだよ!」

「しかもあたしたちのカラダに滅茶苦茶喜んでくれるんだから!」

「絶望的なフォロー能力!」


 俺は腹の底から叫んだ。

 案の定、恋芽の視線には敵意を通り越して殺意すら浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る