第9話 この時代、巨乳多くね?

 ――試されるぜ。俺の、軍人としての危機対応力が。


「しかし、資料によれば、異性に肌や下着を見せるのは相手に不快感を与える行為ともあります。確認ですが、中佐殿は我々の肌や下着は不快でしょうか?」


 そこには、究極の二択があった。


 否定と肯定、どちらも、相手の解釈次第で俺だけでなく、男全体のイメージダウンに繋がるだろう。


 俺は地球唯一の男。

 女子たちは、俺を通して男全体を見るんだ。

 だから俺は、いいとこ取りの最善を選んだ。


「みんな美人で可愛いからな。不快なんかじゃないよ」


 条件付きの否定に見せかけた皆への賛辞、これが最善だ。

 すると、龍崎教官の口元が、コンマ一秒だけ緩んだ。

 女子たちは一斉に、ややうつむきながら、策士が奇策を練るような悪い顔をした。


 ――君らは何を企んでいるの?


「重ねて質問ですが、千年前に比べて我々の発育は進んでいます。ですが、資料によれば、男性の中には成長しなかった乳房、貧乳を好む人がいると聞いています」


 ――資料に悪意を感じるな。誰が作ったんだよ。


 そして奏美がそわそわし始めた。


「中佐殿は、大きな胸はお嫌いでしょうか?」


 奏美は体を強張らせて、小鼻を膨らませながら聞き入る。なんてわかりやすい子だろう。


「けっこうハードな質問だな」


 俺は、みんなの胸元を一瞥した。

 この時代の女子は、総じて発育がいい。


 目測だけど、最低でもCカップ、DEカップは当たり前、Fカップ以上ありそうな子も、珍しくなかった。


 龍崎教官に至っては、完全に爆乳の域だった。


 この状況で、貧乳が好きとか、胸なんかどうでもいいとか気取る必要はないだろう。


 ただ、一応、確認はしておく。


「そういう教官は大きいのと小さいのどっちが好きなんだ?」

「私を含め、現代では大きな胸が好まれるのが一般的です」

「そうか、俺も、胸は大きいほうが好きかな」

「そうですか。質問に答えて頂き感謝します」


 毅然と謝辞を述べる龍崎教官。

 けれど、腰の横で、彼女の手がちっちゃくガッツポーズを取っていたのを、俺は見逃さなかった。


 そして、奏美は自分の胸を見下ろしながら、苦悩するように頬の肉を噛んでいた。


「ちぇっ、やっぱり恋人最有力候補は奏美かぁ」

「しょうがないよ、うちのクラスのビッグスリーの一角だし」

「奏美はおっぱい大きくていいなぁ」

「おぉ、おっきくなんてないもん! 普通だもん!」


 クラスメイト達の予期せぬ奇襲に、奏美は両腕で胸元をガードしながら必死に否定した。

 顔が真っ赤だ。


 ――巨乳がコンプレックスの子って可愛いなぁ。


 俺が一人、和んでいると、女子たちの矛先は俺に向けられた。


「ねぇ守人君。あたし、千年前の話、もっと聞きたいな」

「あ、あたしも。放課後うちの部屋に来てよ。おいしいお茶とお菓子用意するから」

「ちょっとずるいわよ。守人君、来るなら私の部屋に来てよ」

「むしろうちの部屋に泊まってぇ♪」

「待ってよみんな、守人はわたしの家族なんだよっ」


 上がり続けるみんなのボルテージに、たまらず奏美が横やりを入れた。

 けど、みんなはすかさず反撃した。


「ならいいでしょ。奏美はこれからずっと一緒にいられるんだから」

「家族に男の子がいるとかいいなぁ」

「恋人第一候補なんだから譲歩してよ」


 奏美の顔が、一瞬で赤く沸騰した。

 途端にうつむきながら、お腹のあたりで両手の指をからめる奏美。


「なな、何を言っているのさ。そりゃ、守人はかっこいいし優しいし、アクション映画の主人公みたいでいいなぁってわたしも思うけど」


 ――べた褒めだなおい。


 さっきからとどまるところを知らないモテ期に、嬉しさよりも、ツッコミが先立つ。


 まぁ、美少女たちにチヤホヤされて、悪い気はしないけどな。

 けど、男だからモテているだけで、本当に俺に恋しているわけじゃないだろう。


 そうして、有頂天になることもなく、冷静に女の子たちの様子をうかがっていると、一人の女子に目が留まった。


 彼女は、俺へ殺到している集団からは少し離れた場所に立っていた。

 さっき、一人だけ走り続けていた、明恋とかいう、黒髪ロングの女の子だった。


 誰もがはしゃぐ中、一人だけ冷静な、むしろ不機嫌な表情で、みんなのことを眺めていた。


 さながら、芸能情報に浮かれるミーハーな女子を見下す、まじめ風紀委員の風情だ。


 男がヒーロー視される時代でも、こういう子はいるんだな。

 流行に流されない、我が道を行く姿には、ちょっと好感が持てた。


「教官。いつまでも俺のことで時間を食うのも悪いし、俺のことはおいおい知ってもらうことにして、授業を始めて貰ってもいいかな。俺も、早くこの時代の戦いに慣れたいんだ」


 俺の言葉には、教官よりも先にみんなが反応した。


「守人くんが戦うの見たーい」

「男の人の戦いがナマで見られるんだ。やたっ♪」

「ていうか戦闘人種の男と戦うとかあたしら勝ち目あるの?」

「これは、千年前の絶技を見られる予感♪」


 ――なかなかハードルを上げてくるな……。


 俺も、一応は軍人だし、戦場も経験している。


 中学時代の俺が知ったら驚愕するぐらいの強さはあるけど、俺より強い奴なんていくらでもいた。


 女子とはいえ、みんなも軍人だ。期待に応えられるか、少し不安になってきた。

 チヤホヤされたいわけじゃないけど、みんなにガッカリされるのは心苦しい。


 なぁんだ男って大したことないじゃん。


 そんな風に言われる不安で、苦笑いが浮かんだ。

 そのとき、真面目女子の明恋が口を挟んできた。

 なんだか、さっきよりもさらに不機嫌に見えた。


「悪いけど、それは幻想よ」


 冷淡な声に、みんなの視線が集まった。

 長い髪をかきあげて、明恋は俺のことを一瞥してから、視線を鋭く細めた。

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