第8話 男女比エグいな!
「明恋(めいこ)! 全員集合だ! 集まれ!」
教官の指示を受けてから、彼女は俺らを一瞥。コースを外れて、こちらへ走ってきた。
歩幅を広くした全力疾走はかなりのスピードで、陸上部のエース、という印象を受ける。
走れる軍人はいい軍人になる。彼女はいい軍人になれるだろう。
「先週から伝えている通り、彼は皆神守人。千年のコールドスリープから目覚めた、地球唯一の男だ。本日より、貴様らと同じこのスサノオ学園二年二組の生徒として、共に学ぶ身分だが、彼の階級は中佐だ。皆、浮かれず節度ある態度で接するように!」
「はい! 守人君はどんな女の子が好きですか?」
「はいはーい! 守人くんて休みの日は何をしているの?」
「放課後みんなで遊びに行こ! 集団デート! 未来の日本を案内してあげる!」
「とりあえずベッドに行こうぜ」
「脱いでください」
「わたしの体で遊んでください」
色めき興奮しきった女子たちの歓声を斬り裂くように、重たい銃声が鳴り渡った。
銃口から白い煙を上げるハンドガンを腰のホルスターに納めながら、龍崎教官は声にドスを利かせた。
「現代の恥を晒すな雌犬共」
女子たちは肩を縮めて萎縮するも、完全には諦めていないらしい。
皆、未練がましく声を濁らせた。
「そんなぁ~」
「せっかく本物の男の子なのにぃ」
「先生だって、今日のために新しい制服おろしたじゃないですか」
「ばかもの! それは偶然だ!」
龍崎教官の顔に朱色が走り、狼狽した声で否定する。そこに、さっきまでの威厳はなかった。
「奏美。男ってそんなに人気なのか?」
彼女たちからすれば、男なんて生まれて初めてみる異種族も同然だ。
差別とまではいかなくても、多少は不気味がられることも想定していたので、意外だった。
「フィクションの題材としてはよく使われるからね。ジャンルによって差はあるけど、どの作品でも強くてカッコよくて女の子を守るヒーローとして描かれることが多いし。守人の時代に例えるとそうだね、戦国武将、みたいな?」
「ようするに、俺は戦国ブームまっただなかの日本に戦国武将がタイムスリップしてきたようなもんか」
「うん、そんな感じ。特に守人の所属していた部隊は本にもなっているし」
もしくは、忍者好きの外国人の前に、本物の忍者が現れた、みたいなもんだろう。
言われてみると、女しかいない現代の作家にとって、女子よりも屈強な肉体と闘争心を持った絶滅人種、というのは、使い勝手が良さそうだ。
「あ~、教官。気遣ってもらえるのは嬉しいけど、クラスメイトに壁を作られるとやりにくい。戦場ならともなく、学園ではあまり中佐扱いはしないでくれるか?」
「中佐殿、しかしそれでは!」
うろたえる龍崎教官の声をかき消すような勢いで、女子たちが喜びの声を上げた。
龍崎教官は、への字口で歯を食いしばった。
「できれば、教官も敬語はやめて欲しいんだけど」
「い、いえ。階級は絶対ですので、自分は今のままで」
首を横に振ってから、龍崎教官は表情と姿勢を改めた。
「まぁ、教官がそれでいいなら。じゃあ俺からも……」
気を取り直して、俺は女子たちに向き直った。
「みんな、今、紹介してもらった通り、俺は皆神守人、ここにいる奏美の遠い婆ちゃんの兄貴だ。千年前の骨董品なんで、ジェネレーションギャップはあると思うから、色々教えてくれると助かる、んだけど……?」
みんなの様子がおかしい。
俺が喋るごとに、女子たちはまばたきを忘れ、頬を赤らめながら、陶然とした面持ちで聞き入っていた。
かと思えば、俺が喋り終えると、今度は急に落ち着きを失う。
「かっこいい声……」
「声ひくぅい」
「渋いわぁ」
「イケボ過ぎでしょ……」
――別に、俺はイケボでもなんでもないんだけど。
女性は低い声が好きとは聞くけど、男の声を聞いたことのないみんなからすれば、俺の声でも十分すぎるほど魅力的なのだろうか。
そういえば、前にテレビで人体生理学者が言っていたな。女性の性感帯は、低い声に反応するようにできているって。
流石に眉唾だと思うけど、とりあえず、低い声に好感を持つのは本当みたいだな。
「それとさっきの質問だけど、好みのタイプは一言じゃ言えないかな。女性の魅力は色々だし。あと休日だけど、千年前は戦場で過ごしていたから、休日はないんだ」
『えぇ!? 休みないの!?』
女子たちが、一斉に驚いた声を出した。
「あえて言うなら、怪我して入院している間は休めるけど、野戦病院じゃ遊べる場所なんてないし、俺の時代は兵士が携帯端末持つのは禁止されていたから遊ぶものもないから、怪我人同士でひたすら喋っていたな」
『デバイスないの!?』
「ああ。千年前のデバイスはスマホって言って、薄い板状の機械を手で持って操作していたんだ。けど、兵士のスマホがウィルスに感染してそこから機密が漏れたら困るから、兵士は所有が禁止されているんだ」
「何それ原始人じゃん!」
「デバイスなしでどうやって生活すんのさ!」
「流石は千年前クオリティ! あたしらとはものが違うよね!」
「デバイスのない世界とか信じられない!」
よほど衝撃的だったんだろう。
女子たちは、驚愕の声を上げながら隣近所で騒ぎ合う。
「いや、兵士が持つの禁止なだけでデバイス自体はあったからな。令和はハイテクIT社会だったし……」
今の話に、尾ひれがついて広まらないことを祈った。
「中佐殿、風紀に関することについて、私からも質問をしてもいいでしょうか?」
「ん、いいけどなんだ?」
龍崎教官は、咳払いをしてから、神妙な面持ちで口を開いた。
「資料によりますと、男性は我々女性の体に、大変強い興味をお持ちだとか」
――おっと、これは戦場以来のピンチの予感。
平静を装いつつ、俺は内心、身構えた。
この時代の性道徳は、まだわからない。
けど、ここでの回答が、今後の俺の社会的評価を決める分岐点だという緊張感で、頭がフル回転していく。
――試されるぜ。俺の、軍人としての危機対応力が。
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