第26話 魔法研究所

王城の東門、訓練場の前に到着するとコンラッド教官とセレーネ教官が居た。


「おはようございます」


「おはよう」


「うむ。では、早速行くとしよう」


歩き始める二人の後をついていく。

訓練場を背にしてひたすら右へ、つまり西に向かって歩いている。

王城の正面の城門を通り過ぎるとき、門を守る騎士の人が挨拶をしてくれた。

そのまま歩いて西門を越えたところで道が左にカーブしている。

そこをしばらく歩いた先の十字路を右に曲がり、遠くに見える突き当たりの右側にとんがり帽子と杖が交差したマークの、大きい旗が風にはためいていた。


近づいていくと蔦が絡み合ったようなデザインのお洒落な柵が見えてくる。

柵の中央にある入口と思われる両開きの門の前には、警備兵が一人立っているのみで他の人間の出入りはなく門自体も思ったより小さい。どうやらこちらは裏口のようだ。


その門の前に着くと、奥の建物の壁に、しなやかに細長い手脚と輝くような金髪を持つ尖った長耳の美女が腕を組んで寄りかかっていた。

なんだか不思議な格好をしている。広い袖が垂れていて正面開きの布を左前に交差させて閉じている。そしてきれいな薄緑色の山折りと谷折りを繰り返したゆったりとしたズボンを穿いている。

警備兵がコンラッド教官に敬礼をして門を開けてくれる。


「やっと来たか。待っていたぞ」


「すみません。これでも早めに来たつもりだったのですが」


「ご無沙汰してます、カリナ様」


「うむ、セレーネも元気そうで何よりだ。・・・して、その子が?」


金髪の美女が、肩にかかっていた髪を手の甲でサラッと後ろへ追いやる。

コンラッド教官やセレーネ教官は知り合いらしい。カリナというのか。

やり取りを見ていると、コンラッド教官よりも立場は上みたいだ。


「はい。私の魔力と何らかの関係性がある子です」


「お初にお目にかかります、ルーカス・フールと申します」


「うむ。この研究所の所長を務めているカリナ・トヨアキツだ」


トヨアキツ・・・?


初めて聞いた苗字だ。初めて聞く苗字なんて他にもあるだろうが、語感がこの地域と違うのだ。


「カリナ様は聖樹の民なのよ」


オレの疑問を察してかセレーネ教官が答えてくれた。

聖樹の民とは、聖樹を守るためにその程近い周辺に暮らす人々のことだ。このフィルバラード王国や周辺国は、この王国よりもっと北にある聖樹が発するエーテルの恩恵を受けている。


「まあ、立ち話もなんだ。中へ入ろうじゃないか」


カリナ所長に促され、研究所の大きなドアをくぐる。ふと門の方を振り返ると、小鳥たちが朝の知らせに鳴いていた。







中に入ると細長い廊下が続いて、カリナ所長について歩いていく。床に薄い絨毯が敷かれていて、柔らかくて歩きやすい。

そして廊下の途中にある右の部屋に通された。

その部屋は質素な木材のテーブルとその周りに四つの椅子が置いてあるだけのシンプルな立方体の空間だった。

天井に照明はあるが点いておらず、奥の窓から差し込む陽光が明かりになっている。

全員が着席したのを確認するとカリナ様が話し始める。


「さて、まずはその魔法を見せてもらわないことには始まらないからな。セレーネ、とりあえずここで氷を生成してみてくれ」


「わかりました」


セレーネ教官が掌に小さな氷を生成する。なんの変哲もない小さい氷塊だ。


「ふむ。次はルーカス君も手伝ってくれ」


言われるがままセレーネ教官に魔力を貸し、セレーネ教官が氷塊を掌に生成する。

すると、さっきの二倍ほどの氷塊が生成された。しかも明らかに輝きが違う。なんというか、氷が軽く煌めいているのだ。


「む・・・」


カリナ所長は何かわかったようだ。


「どうでしょうか?」


「調べるまでもなくわかったぞ。そっちの氷は聖樹の加護が及んでいるな」


「聖樹の加護とは何なのでしょうか?」


コンラッド教官がオレたちの疑問を代表して聞いてくれた。


「まあ言ってしまえば、めちゃくちゃ濃い清浄なエーテルみたいなものだ。シンプルに魔法の規模が増すのと、濁りを浄化する効果がある。我々聖樹の民の中でも選ばれた者だけが受けられるものだ。しかし、加護を受けていないお前たちがなぜその効果を発揮できるのかは全くわからん。里長なら分かるかもしれんがな」


「でしたら、聖樹の民の里に伺うことはできないのでしょうか?」


セレーネ教官の質問に、カリナ所長は消極的な反応だった。


「うーん・・・今は魔物が強くなって大変な時期だからな、無理だと思うぞ。まあ話は通しておくが、おそらく何年か先になる」


「ご配慮、痛み入ります」


「なんにせよ、その力は魔物との戦いで切り札になる。運用法を色々と考えると良い」


「わかりました。ありがとうございます」


「私としてもこんな事例は初めてだったからな。早速研究対象としてもっと色々と見せてくれ」


カリナ所長はそう言うと椅子から立ち上がり、オレたちをどこかへ案内しようと手招きする。

それに従いシンプルな談話室を出て、また細長い廊下を歩き始める。

廊下の突き当りを左に曲がるとすぐにだだっ広い空間に出た。ここが研究所の正面のロビーみたいだ。


研究所には必要なさそうな豪奢なシャンデリア、王城が描かれた巨大な絵画。壁に沿って黒光りする大きなソファと、その前に高価そうな焦げ茶の木製のテーブルが置いてある。壁は大理石で、とにかく豪華さをアピールしたような空間だ。

こちらは研究員と思われる、白いローブを着た人間がたくさん出入りしており、活気がある。


やはり女性が多く皆華奢な体つきで、歩き方に体幹や重心を感じない。戦闘訓練なんかはやったことがなさそうだ。

このロビーを右に曲がり別の廊下を少し歩くと、右に金属製の扉がありカリナ所長が扉を開くと、そこには土がむき出しの何もない広場があった。


いや、向こうに案山子が三体ある。入団試験の時の奴と同じだ、懐かしいな。


「さあ、ここで色んな魔法を使ってくれ。ルーカス君が魔法を使うパターンも見てみたい」


カリナ様はそういうと腕を組んで観察の態勢に入った。いつの間にかノートを持った助手みたいな人も隣にいた。


「じゃあ、まずは私から行きましょうか・・・」


セレーネ教官が手を差し出してきたので両手を添える。

指を鳴らして魔力干渉し、準備が整った。


「行きます!!」


狒々鬼を穿ったのと同じ、巨大な氷槍が姿を現した。


「おお・・・!!ちょっとそのまま待っていてくれ!」


カリナ様は嬉しそうに氷槍のもとへ走っていき、近くでまじまじと見つめる。何かを話すたびに、その隣で助手が必死でペンを走らせている。

しばらくして戻ってきた。


「次はルーカス君も同じものを発動してみてくれ」


「わかりました」


魔力を借りるというのは初めてだったが、すんなりできた。借りるというと分かり辛いが吸う感覚に近い。掌に魔力を送ることができれば吸うこともできるってことか。そして自身が練る魔力に混ぜていく感じ。

そしてイメージする。セレーネ教官の氷槍はもう何度も目にしているから簡単だ。

あとは、距離と集約。丁寧にあの地点に魔力を集めて・・・


「行きます!!」


地面を叩く一瞬の鈍い轟音とともにセレーネ教官のとほぼ同じサイズの氷槍が発動された。

だが悲しいかな、形がまだまだ歪だ。氷槍と言いながら先端があまり鋭利じゃない。

まあ、そりゃ簡単にはいかないよな。


「おお!!素晴らしい!!どれどれ・・・」


カリナ様は、オレの氷槍の元へ走っていき何かを話して、そのたび助手が手を動かす。


氷剣と氷盾に関しても、やはり普通に生成するより輝いていた。

かなり硬度も強化されているらしく、助手がどこからか持ってきたハンマーで力いっぱい叩いても折れなかった。



カリナ所長の研究が一段落ついたのは烏が巣へ帰る頃だった。


「いやあ、いいものを見れたよ。ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございました」


コンラッド教官が代表して礼を言う。


「一応、里へは手紙を出しておく。でもあまり期待はしないでおいてくれ」


カリナ所長と別れ、オレたちは朝来た道を戻る。

謎が謎を呼ぶ結果になったが、答えは気長に待つしかなさそうだ。

まずは強くなることが最優先だ。

コンラッド教官とセレーネ教官と他愛もない会話をしながら、夕焼けの道を歩く。

今日で教官たちとの距離が縮まったような気がした。




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