第23話 ジルス教官


「提案なんだが、オレの指導を受けてみる気はないか?」


ジルス教官の指導を、オレが?


「でも・・・」


「受けてみなさい」


振り向くと、セレーネ教官がいた。

風になびいて顔に張り付く灰色の髪を耳にかけるその姿も綺麗だ。


もう半首はつむりは外していて、まとめていた髪は下ろしている。銀色の軽鎧も、鎧の各部位をつなぐ薄蒼い糸緒いとおも土や煤でその輝きを失っている。


「ジルス教官はね、一対一の近接戦闘では騎士団でも五指に入ると言われているの。そんな人から学べるなんてラッキーじゃない」


オレより少し低い目線からは多少の疲れが見える。

まあ、セレーネ教官が言うなら否定する理由はない。

少し渋ったのを申し訳なく思いながら、腕を体側に揃え頭を下げる。


「では、よろしくお願いします」


「うん、こちらこそ。テレーズの訓練相手が見つかってよかった」


ジルス教官は、右手で頭を搔きながらほっとしたように言った。

そっか、雷はあいつ一人だもんな。

会話を終えてから、訓練生の集団に合流する。

まあ当然というか、浮かない顔が多い。


「おおルーカス、戻ったか。お前すげーな、オレは何もできなかったよ・・・」


珍しく落ち込んだトーマスが、話しかけてきた。というか初めて見た。


「そんな落ち込むなよ。そもそも、実戦は初めてじゃないか」


「生まれ故郷が近いってのに、竦んじまった自分が情けなくてな・・・。」


「王都に戻ったら死ぬほど訓練しようぜ、不安が吹っ飛ぶくらい」


「・・・そうだな。ありがとうよ」


直ぐ後にやってきたヴィンセントやユーゴたちと話しながら、馬車に戻るため歩き出す。

話す内容が主にオレに対する称賛だったから、こそばゆかった。

こうして歩いていると周囲の話し声が聞こえてくる。

始めて相対した魔物に恐怖を植え付けられた者。

生きていることに安堵している者。

動けなかった自分に落胆する者。

恥ずかしい格好で助けられ落胆する者。

十人十色だ。


それでも空は晴れていて、鬱屈した気持ちを風が攫ってくれるから段々と話題も明るいものに変わっていった。

今は、宿屋のシチューが食べたいとか、早く帰って自分のベッドで眠りたいとかそういう話題が大半だ。


点呼を終えて馬車に乗り込み、皆一息つく。

土埃と風で絡まった赤い髪を手櫛で溶かしながら、エレナが呟く。


「やっと帰れるのね。魔物も怖かったし、疲れちゃった」


「私もです。狒々鬼を見たら頭が真っ白になっちゃって・・・」


「皆同じだったと思うぞ。オレも動けなかった」


「ヴィンセントも?」


エレナの左隣に座っていたライラが反応し、向かいに座るヴィンセントとオレの隣で手甲を外していたシエラが話に加わる。


「ああ。恥ずかしながら、恐怖に支配されてしまった。あの場面で咄嗟に行動できたのはルーカスだけだったんだが、どうして動けたのか後学のために教えてほしい」


「オレも頭は真っ白だったよ、気づいたら剣を生成してたんだ。やるしかないみたいな気持ちだった気がする」


実際どんなことを考えて飛び出したのか思い出せない。


ヴィンセントは「いやはや、さすがだな」と言ってそれ以上追及してこなかった。

そんな話をしながら来た道を戻る。

行きではしんどさの原因だった馬車の揺れも、今は危険な森から遠ざけてくれる安心材料になっている。

この後は、魔物の死骸や血の臭いが届かない所まで移動して、キャンプで一泊する予定だ。

馬車に揺られながらあの最後の狒々鬼を倒した氷槍について考える。

あれは、確かに入団試験の時と同じものだった。

やはりオレの魔力とセレーネ教官の魔力に何らかの関係があるのは間違いない。

これこそ心当たりがなさ過ぎて不思議としか言えないが。

そうこうしている間に狩りの森はとうに見えなくなっており、辺りは薄暗くなってきていた。


いつもは穏やかな気持ちにしてくれる真っ赤な夕焼けが、今日は火魔法の大爆発を思い出させた。

なんだかんだオレも疲れているみたいだ・・・。


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