第22話 勇気と提案
木々の合間、現れた狒々鬼を見上げる。
黒い靄が尾を引きながらその軌跡を明確にしている。
体の右側が焼け爛れているが、あの爆発でどうやって生き延びたのかという疑問が湧いてくる。
白地のない真っ黒な目が、ギョロリとこちらを見た気がした。
「ヒッ・・・」
誰かの小さい悲鳴。
親の愛情の中で生きてきたオレたちが、突然野生の殺意に直面すれば当然体は動かなくなる。
訓練生の大半は硬直したまま動かない。
戦いの場で硬直なんて、殺してくれと言っているようなものだ。
奴は、オレたちがここにいる集団の中で最弱であることを見抜いただろう。
音もなく軽やかに着地した狒々鬼は、獣の瞬発力で真っ先にオレたちに飛び掛かってきた。
オレは騎士になるんじゃないのか?こういう時に気概を見せてこそ、騎士だろう。
そうして己を奮い立たせようとしたその時。
セレーネ教官が、狒々鬼を追いかけて藪を飛び越えてきた。
そしてそのまま空中で氷矢を射た。
氷矢に気付いた狒々鬼は急旋回しその場で周囲を見回すも、教官陣に包囲されていることに気付く。
そして一瞬のにらみ合い、その瞬間をコンラッド教官は見逃がさず即座に指揮を執る。
「訓練生!!迅速に後退だ!決して背は向けるなよ!」
「「了解!」」
動ける者が怯えている奴の背を叩き、徐々に後退していく。
オレたちと狒々鬼の距離が十分空いたのを確認したコンラッド教官の指揮で、教官たちと狒々鬼の戦闘が始まった。
二、三人の一撃離脱で狒々鬼を攪乱し確実にダメージを与えている。
あんなにデカい化け物を相手にまるで怯える様子がない教官たちはさすがというほかない。
しかし狒々鬼の方も、魔法の餌食にならなように必死で俊敏に動き回る。
すぐに片が付くと思ったが一筋縄ではいかないようだ。
そして範囲魔法を発動するために少しだけ包囲の距離を空けた途端、それを待っていたかのように狒々鬼が地を蹴り大きく跳躍した。
包囲の外で着地し、こちらに向かって走ってきた。
「い、いやぁ!」
土魔法部隊の女が背を向けて走り出してしまった。
こうなるとマズイ。
隊列が瓦解すれば大惨事になってしまう。
そう思った瞬間全身に魔力が漲り、オレは剣と盾を生成し隊列から飛び出していた。
狒々鬼の眼光がオレを捉え、標的がオレに定まる。
オレは裂帛の気合を叫びながら、飛び込む。
盾を前に突き出し剣を引き、全力の刺突を狙う。
奴は大口を開けてオレを喰らう準備をする。
――そして、剣と牙が入れ替わるように交差する。
奴の動きが空中で緩慢になる。剣を突き出す左手も遅い。走馬灯か?
デカいな・・・。近づくほどに視界が黒い靄で埋まっていく。
剣が奴の脇腹に刺さるが、上から臭い息と巨大な牙がオレを嚙み砕こうとする。
判断を間違えたか?いや。オレが行かなければ前の奴が餌食になったかもしれない。
代わりにオレが死ぬのか・・・? いや、まだ死ねない。
一瞬の間に思考があふれる。
自分の決断を後悔し始めたとき、左から紫電が閃いた。
紫電の光がオレを突き飛ばし、奴の牙を右手の剣で受け流す。
体勢を崩したまま宙に放り出されたオレは、馬に乗った戦姫に受け止められた。
紫電の正体は雷魔法の教官だった。
受け流した勢いで旋回し、奴の背に一刺しして離脱した。
全身を打つように着地した狒々鬼に、軽やかさはもうない。
「よくやったわルーカス!!怪我は!?」
「た、多分大丈夫です」
お姫様抱っこは、オレがしたかったんだけどな・・・。
他の訓練生は、と見やると黒壁が隊列の前に生成されていて、見えなかった。
セレーネ教官はオレを抱えたまま走り抜き、狒々鬼から距離を取ったところで転回する。
「魔力、借りるわよ」
お姫様抱っこされながらセレーネ教官に魔力を渡す。なんて情けない姿なんだ。
オレを抱えた手で器用に指を鳴らし、魔法を発動する。そして・・・
――地面が崩れたかのような轟音と共に、柱と見紛うような巨大な氷の刃が前方十数メートルに渡って無数に突き出した。
*
草原に座り込み、ロイの治療を受ける。特に外傷はなかったが、雷教官に突き飛ばされた時にあばらを痛めていた。
「本当に君はすごいよ。あれに立ち向かったんだから」
「はは、教官に助られたけどな」
色んな事がありすぎてもう半日くらい経っているような気分だが、ふと空を見上げると日はまだ真上に居た。
氷の柱と肉塊になった元凶を見ながら、コンラッド教官とセレーネ教官、他教官たちが何かを話している。それを何となしに眺めていると、横からテレーズが話しかけてきた。
「ルーカス・フール、教官が呼んでる」
「セレーネ教官が?」
「違う、ジルス教官」
「・・・ジルス教官?」
「私の教官」
「ああ、雷の。分かった」
ロイと一旦別れ、テレーズと共に雷の教官の元へ赴く。そういえばテレーズと会話したのは初めてだな。
「教官、連れてきました。」
「ああ、ありがとう。すまないが少し外してくれるか?」
「分かりました」
そういうと、テレーズは訓練生の方へ行ってしまった。
「ルーカス・フールです。よろしくお願いします」
「うん、雷魔法教官のジルスだ。さてルーカス君。先程の勇気は天晴れだった、あの状況で唯一君だけが動けていたからな」
ジルス教官は、オレと同じくらいの背丈で、一見細身だが着痩せなのが分かる。黒髪のツンツンした短髪で、眉に少しかかるくらいの前髪を下ろしている。
「ありがとうございます。あ、あと助けて頂いてありがとうございました」
「礼には及ばない。むしろ遅くなってすまなかった」
「いえ、オレが飛び出さなければ、多分壁が守ってくれてましたよね?」
「まあな。だが、ああいう場面で動けた訓練生は今までいなかったから、我々も油断していたのは事実だ」
やっぱりなあ。無駄な度胸だったってことか。落ち込んだ気持ちを察してかジルス教官が励ましてくれた。
「その勇気は間違いなく誇っていい、騎士に無くてはならないものだ。だが、このままでは君は早死にすることになるぞ」
「な、なぜでしょうか?」
「試合のときから見ているが、君は突っ込み癖がある。死中求活は立派な戦術だが一辺倒はよくない。当たり負けする敵に正面から突っ込んでも、潰されるだけだからな」
確かに、思い出してみれば突っ込んでばかりな気がする。何故かはわからないが、突っ込めば何とかなるかも知れないと思ってしまうのだ。
「確かに、突っ込んでばかりな気がします」
「逆に言えば、突っ込めてしまうということなんだがな。その度胸があれば、他の戦術も取れるということを伝えたかったんだ」
「・・・どうすれば、いいのでしょうか?」
「提案なんだが、オレの指導を受けてみる気はないか?」
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