第3話 第一試験

試験会場の一角、受験者たちはそれぞれ第一試験の開始を待ち構えていた。あたりに広がる張り詰めた空気に、オレの心拍も少し早まっている。




「まもなく第一試験が始まる、準備運動をしておけ!」




試験官が告げると、広場の空気がざわめいた。力、速さ、持久力を競い、次に進める者を絞り込むという話だ。目の前に並んだ砂袋や何かの台、そして見渡す限り白い線が会場内を一周するように引いてあるようだ。




先に貴族組の試験が始まった。

一人ずつ名前が呼ばれ、各自が試験に挑んでいく。貴族の若者たちは身体が鍛えられていて、あの砂袋を軽々持ち上げて担ぎ、指定された一定の距離を走っている。100メートルくらいか。女子の場合は走れなくても問題ないようだ。

追って市民組の試験が始まった。

同じように砂袋を担ぎ走って運ぶが、オレたち市民組の中には、初めての重労働に苦戦し、転んでしまう者もいた。市民の少年少女は大体親の仕事を手伝うか奉公に行くかだ。この試験のためだけに体を鍛えてきたやつなんかほんの一握りだろう。


「ルーカス・フール!」


ついに自分の番が来た。呼吸を整え前に出る。

最初の力の試験。砂袋を持ち上げると、店で小麦粉の大袋をせっせと運んできた日々が活き、簡単に持ち上がった。しかし走りがきつい。小麦粉持って走り回ることなんて一度もなかったのだ。必死にゴールまで走り抜ける頃には全身が汗に濡れていた。


「なかなかやるじゃないな」


力の試験を終えたオレの隣に立っていたのは、先ほど握手を交わしたしたトーマスだった。彼はすでに試験を終え、息も整えている。


「いや、そうでもないさ。あの程度の重さを運ぶのはは慣れているが走るのははじめてだ」



「街の奴らはああいうのはやったことがなさそうだな」


実際トーマスは軽々と走っていた。


「経験があるのか?」


「まあな。オレは外の村のモンだから。ちなみに魔獣も撃退したこともあるぞ。ツノウサギだけどな。」


これは驚いた。まさか実戦経験があるとは。ツノウサギは膝下の半分程しかない小さな魔獣だがその角は鋭利で、すばしっこく、その動きに対処できない老人やけが人などが過去に犠牲になっている。


「それはすごいな。どうやって撃退したんだ?」


「親父と村の人達と協力して大声で威嚇しながらスコップでブッ叩いたりしたんだ。ほかの人なんか鍬を振り回したもんだから隣の爺さんに当たって手首折っちまったんだよ。それが唯一の被害だったぜ。」


思わず笑ってしまった。壁に守られていない村の暮らしはやはり命懸けらしい。

しかしひとつ気になることがあった。


「兵士はいなかったのか?」


そう。兵士の存在だ。壁はないが、駐屯兵がいるはずなのだ。

この騎士団の入団試験に合格すると5年の間【騎士団訓練生】になる。この訓練生の間に見いだされた者や騎士団昇格試験に合格した者が正式に騎士団員になれる。合格できなかった者はこの首都フィルバラードを含む各領主に仕える兵士になる。フィルバラードは王領と呼ばれ領主はもちろん国王だ。


「それがよ、いつもは8人兵士さんがいるんだが、ツノウサギが出る2日前からどっかの加勢にいくとかでいなくなっちまったんだよ。1か月くらい前に親父が兵士さんに聞いた話じゃ、魔物がでかくなって、しかも増えてきてるらしいぜ。」


そういうことだったのか、しかしその理由が中々危機感を煽るものだな。トーマスの村はこの街から馬車を乗り継いで4日ほどの【狩りの森】という森の手前にあるらしいが、そこの兵士が応援に行くなんて結構近いんじゃないか?


「それはかなりマズいよな。壁外の人は不安で眠れないだろう。」


「ああ。だからオレがこの試験に受かったら、5年後兵士になって村に駐屯兵として戻るつもりなんだ。」


なるほど立派な奴だ。オレのようにただ騎士に夢見てここに来たわけじゃないということだ。

少し尊敬してしまうな。


「良い目標だな。応援してるぞ。」


「おお、なんかこっぱずかしいけど、、ありがとうよ。」


トーマスの話を聞けて良かった。きっとここにいる少なくない人数の奴らが同じような志で来ているだろう。生半可な気持ちでは振るい落とされてしまう。と、オレは気合を入れ直した。

小休止を終えて始まった速さの試練

試験官が「速さの試練」だと宣言すると、受験者たちは広い訓練場の端に並ばされた。訓練場には所々、跳躍すべき低い壁や深く掘ったであろう大きい水たまりなどの障害が設けられている。どうやら単なる徒競走ではないらしい。


「速さだけではなく、反射神経も見られているのか…」


オレは周囲の様子を見渡し、短く息を吐いた。他の受験者も同様に緊張の面持ちで前を見据えている。オレの隣に並ぶトーマスが肩をすくめ、軽く笑ってみせたが、顔にはわずかな焦りも見える。


「よーい、始め!」


試験官の合図と共に受験者たちが一斉に駆け出した。ルーカスはその瞬間、自然と体の中にたぎる感覚を感じ取る。速さの試練が始まると、目の前の障害を飛び越え、またはかわしながら前進する必要がある。

最初の障害をクリアした時、視界の端で光が瞬いた。誰かが風の魔法を使い始めたのだ。軽く宙に浮きながら、他の受験者よりも素早く障害を越えていく姿に、オレは驚きと焦りを感じた。しかしオレにはまだ魔法の力がない。地道に障害を越えていくことに集中した。


「くっ…!」


呼吸が徐々に苦しくなってきた頃、最後の障害に差し掛かった。眼前に立ちはだかる壁を見上げ、オレは全力で駆け出して飛び越える。そして、ついにゴールが見えた瞬間、背中に一筋の汗が伝い落ちた。オレは振り返り、競り合っていたトーマスが最後の壁を越えてくるのを確認して、小さくガッツポーズを作る。

そして持久力の試練。

速さの試練が終わり、わずかな休息が与えられた後、「持久力の試練」が告げられた。訓練場の周りに引かれた複数の線の道をひたすら走るという試験内容だった。


「いつまで走らされるんだろうな……」と、トーマスが半ば冗談を交えつつ呟くが、顔にはやはり疲労が見えた。オレも同様に、先の速さの試練で消耗しているが、持久力を試されるならば逃げ出すわけにはいかない。


試験官の「開始!」の掛け声で、受験者たちは再び走り出した。持久力の試練では、先の速さとは異なり、ひたすら同じペースで走り続ける耐久力が求められている。

オレはできるだけ自分のペースを保つことに集中した。焦って前に出るよりも、息を整え、足を一歩ずつ確実に進めることを選んだ。途中、後ろから荒い息遣いが聞こえ、振り返ると、トーマスが必死に食らいついてきていた。


心の中で自分とトーマスにエールを送り、オレは再び前を見据える。どれだけ走ったのかはわからないが、脚が、脇腹が、肺が悲鳴を上げ、息が喉に張り付く。

ついに、試験官の声が響く。「終了だ!」


オレは立ち止まり、荒い呼吸を整えながら仰向けに地面に横たわった。汗が滴り落ち、脚が疲労で震えている。しかし、目の前には青空が広がり第一試験をやり切ったという達成感があり、苦労を忘れる瞬間だった。

トーマスも少し遅れてたどり着き、死にそうになりながらオレに向かって親指を立てた。オレも笑みを返し、親指を立てた。

休憩が終わり夕方が近づくと、次の試験までの一晩をこの会場で過ごすことが告げられた。受験者たちは6人一組でまとめられ配られたテントを張り、夕食を囲む準備を始める。騎士団から支給された簡素な食事が配られ、オレはトーマスの隣に座り、共に食事をとった。


「明日は魔法適正か、、、。」


誰に話しかけるでもなく一人ごちる。


「そうだな、オレらは適正すらわからないからどうしようもない不安があるな。。」


「適性がある中に高い低いがあるらしいじゃないか。ここで弾かれちゃたまらないな。」


「そうなったら体術と武器術で補うしかないさ。村の兵士さんは火魔法の適性があったがすこぶる低いらしいんだ。それでも8人の中で一番強いんだって言ってたぜ!」


夜の愚痴と不安はトーマスの希望の話で解消され、そろそろ眠るかとテントに入る。

辺りは夜の静寂に包まれ、寝袋に身を入れ横になるが、明日のことを考えると落ち着かない。

トーマスの話を思いだし、無理やり眠ろうと苦心する。

夜が更け、やがてテントの中は静寂に包まれた。遠くで試験官たちが見回りを続ける音がかすかに聞こえる。

やがてオレは深い眠りに落ちていった。

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