第27話 不可能を知れ

 夜徒やとを狩りながら進み続けて幾ばくか。ようやっと、夜と黄昏の狭間を踏み越えた。強い夜の気配にくらりとする。砕いてしまいたくなるくらい完璧な満月が煌々と地上を照らしていた。星明かりすら拭い去るように、皓々と。


 かあかあとからすが喚くように鳴いていた。どこの木にも烏、烏、烏。大中小様々の大きさの夜徒やとが奈落のようにぽっかりと開いた大穴の周りを跋扈ばっこする。山だと思っていたものは、緑に覆われた大穴の外縁が隆起したものでしかなかった。


「……とんでもない、数」


 木葉が吐息と共にこぼした。物々しい光景に二人はうず高い丘の上からうろの様子を窺うことしかできない。あまりにも多い数の夜徒やとで夜の深さすら塗り替えてしまいそうなほど。光希は唇を噛んだ。


「ここまで来て、打つ手なしかよっ……!」


 たった二人きりで夜徒やとの海を渡ろうとするなど自殺行為だ。たとえ光希が許されている限りの全力を尽くしたとしても、長くは保たないことは火を見るよりも明らか。


「待機させていた応援を呼んでみるわ。できるだけ近くまで来てもらってはいるけれど、ここまで辿り着くのにどれくらい時間がかかるか……。光希、ごめんなさい。こうなってしまったのは私のミスだわ。まさか、こんな、夜徒やとが──」


 目を見れば、木葉が光希をたばかろうとする意思がないことくらい分かる。木葉はただ、命じられた通りに道を敷いただけ。その道が実は岩で塞がっていたということなど知りえるはずがない。光希は楓がいるはずの大穴を睨視する。もう迷ってなどいられなかった。


「おれだけでも、行ってくる。天宮を放ってはおけない。ましてや、こんな場所で独りになんてできない」


 木葉が目を見開いた。


「何言ってるの!? 死ぬつもりなの!? だって、この数、あんたでも無理よっ!」


「でも時間がないっ! 奴らが天宮を殺すかもしれないと、そう言ったのはおまえだろっ!?」


「っ!」


 顔を歪める木葉を置いて、光希は立ち上がった。ざぁと草木の間を生ぬるい風が吹き抜ける。不可能だ、愚かだ、と少年の蛮勇を嘲笑うように。


「木葉、あれの使用許可は?」


「……下りていないわ。でも! 交渉はしてみる。できるだけ早く」


「頼んだ!」


 叫んで、光希はすらりと刀を抜いた。刀が纏う蒼炎が、終わりを知らない夜の中で星のように煌めく。光希は口の端を吊り上げ、不敵に笑う。負けることなんて知らない、と告げるように。


「待ってろ、天宮」


 常夜とこよを裂く蒼の極光。まるで、光に群がる羽虫のように夜徒やとが光希に目を向ける。そして、その咆哮が地を揺るがした。


「『烈火爆散れっかばくさん』ッ!」


 駆けてくる夜徒やとを斬りながら、術式名を叫んだ。ごうと灼熱が弾け、何匹かの夜徒やとを巻き込んで地面を焼く。蒼い炎で夜徒やとを狩る。跳んで、落ちてくる爪を避けて、そのまま頭上から一閃。真っ二つになった同胞の様子も気にせず、夜のともがらは光希を喰らわんと爪と牙を振りかざす。


「『羽刃斬はばきり』!」


 白い羽が光希を中心に乱舞する。風の刃を放つかまいたちと同系統の術式。けれど、殺傷能力はかまいたちの比ではない。白い羽に触れれば、たちまち千の刃に刻まれる。夜徒やとたちも例外なく、引き裂かれて血しぶきが白い羽を赤く染めた。けれど、元々夜徒やとは高い治癒力を持つ。妖怪がそうであるように、強い生命力が死を拒む。血を流し、目や脚を失っても、彼らは止まらない。『烈火爆散れっかばくさん』や『羽刃斬はばきり』などの比較的広範囲で威力の高い術式でさえ、殺しきれないくらいに数も多い。


 蒼い炎を纏う刃が夜を斬る。残光は焼き付いて、獣たちを惑わせる。一振りで五、六の夜徒やとを斬り棄て、返す一閃で同じだけを斬り殺す。動く度に汗が飛ぶ。すべてを賭して辿り着かねばならないうろはまだ、遠くて。


「うぐっ!」


 爪が光希の肩を抉った。痛みが右肩から這い出す。光希は歯を食いしばって痛みを飲み干し、光希の血で爪を汚した夜徒やとの首に刀を突き立てた。


「くそっ、まだなのかよ、木葉。せめて、許可だけでも取ってくれればっ!」


 悪態をついて肩を庇いつつ、雷を放つ術式で夜徒やとをかく乱する。許可さえあれば、うろへの道を開くための切り札を出せるというのに。


 際限なく襲い来る夜徒やとと光希の勝負はただただ我慢比べのようなものだった。厳密に言えば光希だけ我慢をするというものだ。夜徒やとの縄張りに押し入っているのは光希の方。道を譲れと言えるはずもないし、彼らに言葉が通じるとも思えない。


「ああああああっ!」


 叫びながら、刀を振るう。斬って、斬って、斬って、斬っても、夜徒やとは減らない。代わりに光希は少しずつ、だが確実に傷を増やしていく。鍛えてきたとはいえ、無尽蔵に体力があるわけでもなくて。


 肩で息をした。刀がどんどん重くなる。四肢が切り傷と酷使に耐えかねて軋んでいる。


「……でも、天宮を、見つけない、と」


 一瞬視界がぐにゃりと歪んだ。疲労によるものだろう。けれど、戦場においては刹那がすべて。まばたきをする間の時間が命取りになる。夜徒やとの赤い口腔で研ぎ澄まされた牙が輝く。温かい吐息が光希の顔を撫でつける。


 ──喰われる。


 そう思った。





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