二十、


 目の前に映し出された映像に絶句し、「なんで、なんで」と同じ言葉を繰り返す。怨霊の類いだと思っていた浩介が、檻の中に隔離されている。これは生きているのか死んでいるのか。体の損傷具合からいえば、確実に死んでいるはず。生ける屍、いわゆるゾンビと呼ばれる存在になったとでも言うのだろうか。

「これは診療所の地下にある研究施設の映像だよ。ちょっとトラブルがあってね。浩介君はここから脱走して祝織ちゃんを襲ったんだ」

 聞きたいことが多過ぎて、何から聞けばいいのかが分からなくなる。そんな困惑するわたしを見てだろうか、浅野が続けて話す。

「宇場ノ塚や八ノ塚での祟りとしか思えない事象を研究する施設なんだ。この診療所の一階と二階の奥、ぱっと見では分からないだろうけど、エレベーターがある」

 浩介や小夜から逃げる際、違和感を覚えた壁はやはり扉だったようだ。まさか診療所の地下にそんな施設があるとは思いもしなかった。だがこれで、いるはずのない高瀬が急に現れた謎は解けたように思う。おそらく高瀬も診療所の看護師というだけではなく、研究施設の関係者だったということだろう。

「もしかして、その研究施設の出入り口って他にもあるんですか?」

「ん? ああ、もしかして高瀬さんのこと?」

「はい。いないはずなのに、急に現れたので。車もないし、そう考えれば他にも出入り口があるのかなぁと」

「出入り口は三箇所。ここと大針山の中腹。あとは宇場ノ塚から八ノ塚を繋ぐ山道の脇。山道脇の出入り口がメインだから、そっちは車での乗り入れも可能なんだ」

 研究施設の規模の大きさに、驚いてしまう。説明を聞いた限りでは、宇場ノ塚の地下のほとんどが研究施設ということになるのではないか。いったいいつからこの地に──いや、それよりも今は浩介だ。

「浩介は、浩介は生きてるんですか?」

「医学的見地から言えば死亡している。浩介君の今の状態は新種の寄生虫やウイルスによるもの。祟りなんかじゃない」

 にわかには信じがたい話に、またしても絶句してしまう。そもそも祟りだとしても信じがたい話ではあるのだが、寄生虫やウイルスだと言われ、はいそうですかとは受け入れられない。

「祟り、じゃない?」

「そうだね。どこから説明すればいいのか……」

 浅野がかちゃりと眼鏡を上げ、考え込む。

「祝織ちゃんは超個体や社会性昆虫、真社会性って言葉、知ってるかな?」

「ごめんなさい。聞いたこと、ないです」

「まあそうだよね。超個体っていうのは、多数の個体から形成されてはいるんだけど、まるで一つの個体であるかのように振る舞う生物の集団で、一般的に社会性昆虫の集団のことなんだけど……」

 正直言っている意味が分からなくて、困惑してしまう。浅野もそれを察したのか、「難しいよね?」と言って笑った。

「ご、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ。専門家でもないのに、急にこんなこと言われても困るだろうしね。なんとか噛み砕いて説明してみるから、分からなかったら教えて」

「はい」

「じゃあ始めるよ? この宇場ノ塚に生息する死出虫は新種の死出虫なんだ。見た目こそほとんど変わらないけど、習性や性質がまるで違う。基本的に死出虫は亜社会性と言って、大きな群れを作らず、両親が子を育てる種だ。だけど宇場ノ塚の死出虫は違う。ここの死出虫は全ての個体が協調行動し、意思の疎通を行っている。どんなに距離が離れていようとも、一つの意志の元で行動しているんだ。そのうえ特殊なウイルスを保持していて、人間や動物に寄生もする。とりあえず便宜上、この死出虫を死生虫シセイムシ。保持しているウイルスをユー-ウイルスと呼称している。通常、ウイルスの名称は発症する病名などから決定されるんだけど、このウイルスはまだ世間に公表されていないし、病名もない。あまりにも危険だから秘匿されているんだ。そういった経緯もあって、ubanotsukaウバノツカvirusウイルスやU-ウイルスと呼称することになっている。ここまではいいかな?」

「はい。なんとなくですが……。つまりその新種のウイルス、U-ウイルスが浩介の今の状況の原因だと」

「そういうことになるね」

「危険というのは、感染することでゾンビのようになるからですか? そもそもゾンビなんて、そんなこと……」

 いまだ理解が追いつかない。人をゾンビのようにしてしまうウイルスなんて、創作の中だけのものではないのか。

「危険とされるのは、浩介君のような状況を指してじゃないんだ。U-ウイルスの感染者は、一部の上位感染者に行動を管理されてしまう」

「上位、感染者……?」

「そう、上位感染者。U-ウイルスにはタイプがいくつかあってね。寄生虫である死生虫とU-ウイルスも、それぞれ症状などが違う。とりあえず、順序だてて説明するよ」

 知らない言葉の連続に頭が痛くなるが、浅野の説明は分かりやすかった。

 まず、新種の寄生虫である死生虫は、母子感染、もしくは性交渉などの濃厚な接触がない限りは感染、つまりは寄生しない。おそらく江戸時代にこの地に移り住んだ八塚家が感染源だと思われるが、詳細を調べる術はないとのこと。この死生虫だが、基本的には寄生先の宿主の中で一生を終え、悪さをすることはない。寄生している間はサイズも小さく、検査による発見も難しいと。

 厄介なのが死生虫が保持しているU-ウイルスだ。U-ウイルスはタイプが二つある。一つが支配型。もう一つは奴隷型。この二つは、それぞれ支配者rulerの頭文字を取ってアール型、奴隷slaveの頭文字を取ってエス型とも呼ばれる。

「つまり奴隷型は支配型に行動を管理される……、ということですか?」

「そうなるね。そのうえU-ウイルス自体は空気感染もするんだ。宇場ノ塚や八ノ塚の住民は、僕も含めて全員感染している。もう追いきれてはいないけど、全国にも感染者はいる。もちろん祝織ちゃんもだし、祝織ちゃんに関しては死生虫に寄生もされている。僕のパソコンの禍系図かけいずってアイコンは見たよね?」

「は、はい。中身は見れてないですけど、勝手に見てごめんなさい」

 わたしの謝罪に、「祝織ちゃん、ちゃんと謝れて偉いね」と笑う。なんだか子供扱いされているようでむず痒いが、浅野はわたしのことを娘みたいなものだと言っていたなと思い出す。

「禍系図っていうのは、死生虫の寄生先の一覧だよ。母子感染、もしくは性交渉による感染だから、家系図に近い形にはなってる。もちろん始まりは八塚志玄やつかしげんと、八塚小夜だ。あ、志玄っていうのは、初代忌助のことだから。資料がほとんど残ってないから完全には調べられないけど、禍祓いと呪術を生業としてる一族で、蠱毒にも精通してたらしい。あ、蠱毒こどくって分かる?」

「は、はい。前に読んだ推理小説に出てきた記憶があります」

 たしか蠱毒とは、中国や日本などのアジア圏に伝わる呪術の一種。複数の毒虫を容器に閉じ込めて互いに殺し合わせ、生き残った強力な毒を持つ虫や、その体液を呪術や毒薬に利用するというものだったはず。

 なんとなくだが、頭の中で話が繋がってきた。この地に移り住んだ八塚家が感染源である死生虫やU-ウイルス。その八塚家は、蠱毒に精通していた。つまり蠱毒を生成するうえで、偶然誕生したのが死生虫やU-ウイルスだということなのではないだろうか。浅野にその考えを伝えると、「察しがいい子は好きだよ、僕は」と微笑まれた。

「……それで話は戻るんだけど、元凶たる八塚家はU-ウイルスの支配型。どうやらこれは八塚家直系だけにしか現れない型でね。それ以外の感染者は全て奴隷型だ。だからこそ宇場ノ塚や八ノ塚で八塚家に逆らう者はいない。と言っても、行動の管理はU-ウイルスの感染段階によって強度に差異がある。中には奴隷型でありながら、支配型に多少の抵抗をみせる場合もある。まあそのうち感染段階は上がるから、結局は完全に支配されてしまうんだけどね」

 そこまでで一呼吸置いた浅野が「重要なのはここからなんだ」と、真剣な表情でわたしを見つめた。

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