第22話 ギルドでの取引
私たちは街へ移動した。結局、モモには少し深めに眠りの魔法をかけて、私の天馬に乗せた。滑り落ちないように縛り付けることになってしまったが、安全に運ぶためには仕方がない。
フェデリカが南門に馬車を手配していたのでそれに乗せてもらって、一旦、冒険者ギルドに寄ってもらうことにした。昨夜倒したほうのエルゴリンエルクの素材をギルドに査定してもらうのだ。その金額で納得がいけばそのまま売ればいいし、もっと高く売れそうな伝手があるなら、売らずに引き取ってもいいというシステムだ。山を出てくる前に倒した雌エルクのほうは、まだ魔力が結晶化していないので、解体は後日だ。
査定を待っている間に、アロイがふと思い出したように口を開く。
「そうだ、セロ。ひとつ予告がある。君は、今晩から明日にかけて熱を出すと思うから、今日は早く帰ってベッドに入ったほうがいいよ」
「はぁ? なんだそれ?」
突然の予告に目を見開くセロ。
「瘴気をあれだけ近くで浴びればね。ほとんど浄化したけど、100%じゃない。既に血の流れに乗っていた分までは浄化しきれないよ。体に入ってきた異物に抵抗しようとする、正常な反応だよ。それと、大きな回復魔法を受けた後の反動だ。多分……あと2時間か3時間後くらいかなぁ」
「なんだその、妙に細かい予告は……」
セロが肩を落とす。
そこへ、急に冒険者ギルドの入り口がざわざわし始めた。収穫祭の最中でも、ギルド内はいつも通り、適度に混み合っていたけれど、どうやら外から大急ぎで駆け込んできた人物がいるようだ。
「だ、だれか……ここに、回復術師は、いるか……っ!」
駆け込んできたのは20代くらいの男だった。息も荒いままに、そう叫ぶ。
「いるよ、回復術師だ」
アロイがさっと手をあげて、査定待ちのベンチから立ち上がった。
「俺もだ! 手伝えるぞ」
もうひとつの声がしたのは、冒険者ギルドに隣接して、中で繋がっている酒場からだ。酒場の中では、「他にヒーラーはいねえか!」「見習いならそこにいるわよ」など、反応する声がいくつも聞こえる。
冒険者ギルドの受付にいたナタリーが、駆け込んできた男に水が入ったコップを差し出す。
「今、回復術師を集めてますよ。まずお水を飲んで落ち着いて、何があったのか聞かせてください」
「お、おう、助かる」
水をがぶりと飲んで、少し落ち着いたらしい男が語ったところによると、冒険者ギルドの少し先、商業区の端で荷馬車の衝突事故があったらしい。荷物を満載していた荷馬車が横倒しになり、それに何人かが巻き込まれて怪我人が複数出ているという。もちろん医術院にも使いを出しているが、医術院よりこちらのほうが近かったから、もしこっちに回復術師がいれば、という思惑だったそうだ。
酒場のほうから、先に声を上げた男の他にさらに2人がギルドの受付に来る。アロイとあわせて4人だ。
「じゃあ行ってくる。こっちの用事が済んだら通信を入れるよ」
そう言い残して、アロイは通りに出ていった。
回復術師たちが出ていって、冒険者ギルドはいつも通りのざわめきを取り戻した。フェデリカはその間、壁にかかった掲示板を眺め、手配書一覧のところで足を止めていたが、ひとつ頷いて振り返る。
「じゃあ、ベルナールの事情を聞くのは後日にしましょう。わたしのほうでもいくつか準備をしたいものがあるしね。……ひとつだけ確認をしたいのだけれど、ひょっとしてこの男から魔法陣を買わなかった?」
フェデリカが手配書を指さす。そこには、私と、リナの召喚主が魔法陣を買った男の似顔絵があった。
「そう、その男だ。リナを連れてきた男もそいつから陣を買ったと言っていた」
私が頷きながらそう言うと、フェデリカも納得したように口を開く。
「やっぱりね。なんとなくわかってきたかもしれないわね。わたしのほうの準備と、こちらの魔導院でもいくつか仕事があるから、それが終わったらまた連絡するわ。じゃあ、私は宿のほうに戻るけれど……馬車に1人残っているでしょう? 馬車はそのままあなたが使っていいわよ。代金は払ってあるから心配しないで」
じゃあね、とひらひら手を振って、フェデリカはギルドを出ていった。
そう、馬車には私の魔法でまだ眠ったままの“ベルナール”がいる。ベルナールの捜索はもうしなくていいと、冒険者ギルドに伝えなくてはいけない。
「セロ、あの……“叔父さん”のことなんだけど……」
セロの袖を引っ張って、どうしよう、と見上げると、セロは片手で額のあたりを覆って、ハァとため息をついた。
「え、どうしたの、セロ。ひょっとしてアロイの予告より早く具合が悪くなった?」
「違う。32歳の男の可愛らしさについて思いを馳せただけだ」
え? え??
「ナタリー、ちょっといいか。前に言ってたベルナールのことなんだけど」
「あら、セロ。さっきの査定額も今ちょうど出たけど……ベルナールのことで何か進展があったの?」
ギルドの受付であるナタリーが、査定額を書いた書類をセロに渡しながら言う。ちらりとこちらを見るのは、“叔父さんを心配している可哀想なベルちゃん”を気遣ってのことだろう。
「ああ。昨日、俺の山小屋でベルナールを保護したよ。なんか、急ぎの採集で山に入ったら、足を怪我して、ついでに通信や天馬の魔道具も紛失していたらしい。で、運良く俺の小屋が近かったからそこに緊急避難していたみたいだ。保護してきて、今は表の馬車ん中にいるよ。だからもう探さなくていい」
言いよどむことなく、すらすらと嘘をつく。アロイにもそういうところがあるが、これはひょっとしてニホンで必要なスキルなんだろうか。いや、他の稀人にそんな印象を抱いたことはあまりないけれど……。
「ベルちゃん、よかったわね、叔父さんが見つかって!」
ナタリーの素直さがまぶしい。
「あ、ありがとう……ございます……」
セロは、ナタリーから受け取った査定額の書類を眺めてひとつ頷く。
「じゃあナタリー、魔結晶以外は全部そっちで買い取ってくれ。この金額でいい。毛皮にわりといい値がついたな」
「青緑色の毛皮は人気があるの。サイズも大きかったしね。胆嚢もちょうど探していた人がいたから、少し高めに査定が出たわ。あと、人里に被害が出る前に魔獣を倒してくれたお礼も上乗せされてるのよ。魔結晶も毒属性であのサイズならかなりの高値だけど売らなくていいの?」
ナタリーの言葉に、セロが笑って首を振る。
「あれはもう売る先が決まってんだ」
「じゃあ、買い取り証明書と精算したお金を持ってくるわね。少し待ってて」
ナタリーがカウンターの奥、金庫室があるほうへ姿を消す。
「さて、フェデリカとの話し合いが後日になるならここで一旦、解散か。眠ってるモモだっておまえが起こせば運ぶのに不自由しねえだろ?」
「ワン!」
リナが鳴き声で注意を引いた。見ると、私とセロを見比べるように視線を動かしている。
「どうしたの、リナ?」
冒険者ギルドは人の出入りが多いので、リナは翻訳の首輪を使わないようにしている。
リナはセロの周りをぐるりと歩き、伸び上がってセロの上着の裾を口でくわえて引っ張った。
「なるほど、わかったよ、リナ。――セロ、うちにおいでよ。私の家にも狭いけど客間はあるから、どうせ寝込むならうちで寝込めばいい」
「……付き合いのある女性を適当に見つくろって、看病に呼びつけようかと思ってたんだが?」
「そういうことしないくせに。うちに来たらリナが添い寝してくれるよ」
リナの毛並みを撫でると、その通り! と言うようにリナがワフ! と鳴いた。
「おまえが、さっきのをもう1回やってくれたら行く」
セロがそう言った、ちょうどそのタイミングで、ナタリーが貨幣の詰まった袋と買い取り証明書、こちらで引き取る魔結晶を持って戻ってきた。
「え、さっきのって……」
「袖引っ張るやつ」
「そ……! ば……っ!」
馬鹿を言うな、と言いかけて、ナタリーの素直な視線に気がつく。
その視線から逃れるようにうつむいて、渋々、セロの袖を引いた。
「う、うちに来てよ……」
これでよかったのか、確認するようにそっとセロをのぞき見る。自然と上目遣いになった。
「ブッ!」
左手でリナの頭を撫でながら、右手で口元を押さえているが、セロは今、明らかに噴き出した。
小刻みに震えるセロと、その足もとで首を傾げているリナを交互に見ていると、ナタリーが気遣わしげに微笑んだ。
「ベルちゃん……? あの……騙されないようにしてね?」
へぅゎーーっ!! なんだそれ!?
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