第11話 一方その頃~セロから見たオスロン(セロ視点)
中世ヨーロッパの街並み、なんてよく聞くけれど、具体的に細部がどうかなんてことは、俺はよく知らない。だが、目の前に広がっている街並みは、それよりも少し時代が進んでいるように見える。建物は基礎が石造りでその上に建つのはいわゆる木造モルタル建築だ。表面を漆喰で補強してある建物も多く、基本的には白壁が多いが、カラフルに塗装してある建物も混ざっているので、遠目に見れば可愛らしい街並みと言えるかもしれない。
道路には、自動車はまだ走っていないが、荷馬車が通る道路と歩道は分けられて、石畳はアスファルトのようなもので補強されている。商業区の広場には時計塔が建ち、その広場を中心に歪んだ放射状に道は広がって……いると見せかけて、ところどころで違う角度の道が交わって、しかもそれらの道は幅もまちまちだ。直角に交わっている大通りもあれば、細い路地が複雑に入り組んでいるところもある。都市が何度も作り替えられて発展してきたのだろう。道が覚えにくくて困る。
街の中心には大きな川が流れている。川の名前はオスル川。オスロンの街の名前はそこに由来している。オスル川をはさんで、街は南北に分かれているが、北側の丘の麓には高級住宅街と官庁街がある。官庁街よりも海側、河口近くにはいくつかの工場群があるが、産業革命前後を彷彿とさせるような黒い煙は昇っていない。魔力を貯えた魔石を主な燃料にしているからだ。
俺たちが普段歩き回るような商業区や、冒険者ギルドがあるような宿場街、庶民的な住宅街があるのは街の南側だ。時計塔は、商業区の中でも川沿いに近い位置にある。川が中心になっている都市だから、そこに建つ背の高い時計塔は街のどこからでも見える。
時計塔の広場からさらに南側、飲食店が軒を連ねるあたりで俺は今日の昼飯を考えていた。
今日は朝から狩りをして、獲った獲物をすぐに捌いて馴染みの店に卸したところだ。腹も充分に減っている。
オスロンは港町だから、海鮮を扱う店も多い。本当の中世ヨーロッパなら衛生面に不安を持つところだが、過去の稀人たちがそのあたりは徹底したらしく、少なくともこのユラルという国では、食に関しても医療に関しても、衛生が問題になることはない。魔法という便利なものがあるので、日本と同じくらいに衛生的だ。
収穫祭初日ということで街はどこも混んでいたが、昼をかなり過ぎてしまっているので飲食店は思ったより空いていた。これからの時間帯は飲食店よりも、広場の露店のほうが混むのだろう。
いくつもある店の中から、大陸風水餃子なるものを出す店が目に入った。大陸風というのは俺たちで言う、ロシア風なのか中国風なのか、実は食べてみなければわからない。どちらもユラルにとっては、隣接する大陸だからだ。南北で大陸と繋がっているユラルは、北部の影響を受ければロシア風、南部の影響を受ければ中国風となる。大陸の遥か西側の文化がはるばる伝わってくることも多い。極東の半島は、各種文化の吹きだまりだ。それに稀人たちが魔改造を加えるものだから、ユラルの食文化は混沌としている、と大陸人たちは言う。まるで日本みたいだ。
店に入って、その大陸風水餃子なるものを頼んでみると、スープがトムヤムクン風で、水餃子の形はロシア風、餃子の中の餡は中華風の海老餃子だった。確かに大雑把に言えば“大陸風”なのだろう。一緒に頼んだ魚の揚げ物は、脂の乗った白身魚の唐揚げに甘酢あんがかかっていて、これは間違いなく中華風だった。それをサラダの野菜と一緒に
オスロンでの本来の米の使い方のひとつが、この平パンだ。昔は米をそのまま炊いて食べることは少なく、たまにリゾットのように煮込んで食べる程度だったらしい。それ以外の米は粉にして麺にしたり、小麦粉と混ぜてパンを作ることが多かった。だから平パンは、小麦やライ麦で作るパンよりも白くてもっちりとしている。見た目はナンかピタパン、そうじゃなきゃ具のないピザという感じだが、食感はポンデケージョだ。露店ではこの平パンに肉や魚、野菜を挟んで売っているし、米を炊くことが普及してきた今でも、オスロンではメインの主食の1つなので、パン屋に行けば山積みされている。
その時、収穫祭の夜に向けての準備なのか、エール樽を運ぶ店員が目に入った。オスロン周辺のエールは素朴なペールエールが多く、香りがいい。反射的に頼んでしまう。
日本にいた頃なら、仕事中のランチタイムに酒を飲むなんてことはしないが、今は自由業のようなものだし、かまわないだろう。
すぐに届いたエールをごくりと一口。店によってはガラスのジョッキもあるが、この店のジョッキは銅製だ。エールもほどよく冷えていて、日本のビールを思い出す。
「ぷは」
飲みくだしたあとの息を、下品にならない程度に吐く。これが気持ちいい。もともとこの体のアルコール耐性が高いのだろう。昼から飲むエールは心地良かった。
そういえば、オスロンにはあまり黒髪に黒い瞳というのは見かけない。自分も金髪と緑の瞳だ。人種としてはスラブ系にあたるのかもしれない。だとしたら確かにアルコールには強そうだ。
ひょっとしたらユラルでも南部に行けばモンゴル系の特徴が見られるかもしれないが、どちらにしろ同じ国内のことだから混血はどんどん進んでいくんだろう。
水餃子はトムヤムクン風だったが、この店が言う“大陸風”は基本的に中国風なのだろう。他のテーブルを見ると、昼を過ぎた軽食タイムということで、肉まんのようなものを食べている客もいた。
ユラルは日本と違って、地理的に大陸と繋がっている。ユラルの歴史は大雑把にしか覚えていないが、日本と大きく違うのは、鎖国をしなかったということだ。陸路も使えるし、内海がそれなりに荒れるとはいえ、外海よりも安全なことに変わりはなく、海路を使った交易も、昔から行われてきた。
だから建物も食べ物も、俺たちが覚えているような“和風”は存在しない。
(ただまぁ、味噌と醤油は一応、和風なのかな)
味噌や醤油はかなり昔からあったらしい。歴史はどうあれ、地球上においての緯度と経度が近い以上、ユラルと日本は植生がよく似ている。植生が似ればそこにつく酵母も似る。だから、豆や麦、米を発酵させて作る発酵食品は、ユラルでは昔からよく食べられていたんだとか。
実際、奥の客が食べている肉まんも、あれがスタンダードなものだとしたら、中の餡は醤油と砂糖で甘辛く味付けしたものだ。肉まんにも手を出した稀人がいるらしく、最近ではカレーやチーズが入ったものも売られている。
(今度ベルのところに行く時には、あれを土産にしてもいいな)
実際、壁にいくつかある張り紙を見ると、『肉まん他、持ち帰り可』とある。
オスロンの街は、屋台や露店、飲食店での持ち帰りも盛んだ。これはここ10年くらいで植物を原料とした紙の値段が劇的に下がったことが発端になっている。紙が安くなったことで、書類や掲示物に木札を使う必要がなくなった。なので木材が余るようになったわけだ。もともとそういう用途に使っていた木材は軽くて柔らかいものだったので、家具や薪には向いていない。なのでそれを薄く削って成形し、安価なテイクアウト用の容器が作られるようになった。たこ焼きの舟にそっくりなものを見た時には、てっきり稀人が作ったのかと思ったが、ユラル人の創意工夫の成果だった。
そういう容器が作られるようになった頃、ちょうど蒸気機関も形になって、大型の工場がいくつも作られた。燃料の魔石から取り出した魔力を直接使う業種もあれば、蒸気機関を動力とする業種もある。どちらにしろ、工場には工員が必要で、男たちだけでは足りなくなり、女性たちも多く働くようになった。となれば、料理にかける時間はなくなり、外食やテイクアウトが盛んになる。
(とはいえ、しばらくはあいつのところに行く暇もない)
この後は、もう一度山に戻って、明日の朝からの狩りに備える。収穫祭の間はその繰り返しだ。明日以降は他の狩人たちとも合流して、少し広範囲で狩りをすることになっているから、街で食事をする時間はないかもしれない。
山に戻る前にパンやチーズ、野菜をいくらか買って行こうと思案する。さっき肉を卸したので、魔法の収納袋には空きがある。少し多めに買って行ってもいいだろう。
普段は冒険者としての仕事のほうが多いが、秋から冬にかけては狩人としての仕事が多くなる。害獣駆除の依頼なんかは、冒険者ギルドを通して狩人に依頼されたりもするから、冒険者ギルドとも繋がりがあって、他業種の冒険者にも知り合いがいる俺は、狩人仲間でもわりと重宝されている。
先日、いくつかの魔結晶や魔法薬はベルの店で仕入れた。あとは矢の補充と食料品を買って山に戻るかと、俺は席を立った。
15時過ぎだった。
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