第15話 詰問
「それで、ミセル様とはどんな関係なんですか」
イグニスの私室。
主任になったせいで、たまに誰にも聞かれたくない話をする時にはお邪魔していたけど、泊まることなんて一度もなかった。とはいえ、前のループでは慣れた部屋だ。手早く寝る準備を整えて一緒に布団に入るなり聞かれた。
一瞬で、男を取っ替え引っ替えしている女の気分になった。
「え……ご主人様と護衛ですけど」
「二人の時は丁寧語を使わなくていいと言ったでしょう。あなたは侯爵令嬢だ」
そうね、今回のループでも言ってたわね。そんな機会はほとんどなかったけど。
「はいはい、ご主人様と護衛よ。というか、あなた天井裏にほとんどいたでしょう。会話も聞こえていたはずよ」
「……聞いていましたよ。いない時もたまにはありましたが」
「変な声なんてあげてなかったでしょう」
「でも、距離が近すぎる」
「あの人なりの忠誠の確認でしょう」
「そんなこと、分かっています」
分かっているなら責めないでよ。そもそも、責められる理由がない。なんでそんな怒り口調なの。
どうなってるの?
前回よりも私とイグニスの仲は浅い。毎日一瞬に寝ていたわけでもないし、プライベートを共にすることはほとんどなかった。鍛錬ではかなりお世話になったけど、それだけだ。
「やっぱり……ミセル様に私という変な噂がついちゃったこと、怒ってる?」
理由はそれしか考えられない。
「ミセル様の指示でしょう、あれは。怒っていません」
「えー……」
ベッドの上でイグニスの真横で顎に手を当てて考える。
他に怒る理由なんて……。
「今までナタリーは恋人がいたことがあるんですか」
「あるわけないでしょう。ずっとミセル様の婚約者でそのあとに死んで、それ以来ずっとループしていたのよ」
「前世ではどうなんですか」
「いないわよ」
一緒に死んだ相手も恋人じゃなかったし。
「それなら、なんであんなに平然としていられるんですか」
平然とって……ああ、ミセル様に触れられて? だってあの人のはやらしくないし、忠誠の確認だって分かってるし。
「なんだか、イグニス……嫉妬してるみたいね」
「違います」
そうよね。私相手に手を出すどころかその気になるそぶりもなかったし、違うとは分かっているけど……。
「あ! でもあなた私にキスしたわよね」
「は!?」
「あ、今のあなたじゃなかったわね」
「どういうことですか。前の私があなたに手を出したんですか」
え、なんでそんなに怒っているのよ。
待って、猛烈に怒ってない!?
「どうなんですか」
「ぎゃ!」
転がされて両手をベッドの上の方に片手で押し付けられたんですけど! なんか襲われてる人みたいじゃない、私!
なんでよ!
「早く答えてください」
怖い怖い。金の瞳が獲物を狩るような肉食獣みたいよ。なんなの!
「だ、出してない、出してない。えっと、あのね、私の死に際になぜかあなたがキスしてきただけよ」
「はあ!? そんなこと一言も言わなかったですよね」
もっと目付きが鋭くなったよ!?
え、殺されないよね、私!
「さ、さすがにそこは言う必要ないでしょう」
「なんで私はあなたにキスなんてしたんですか! 早く教えてください」
私、怒られることしてないわよね? 悪かったところは一つもないはずよ?
「知るわけがないでしょう。あれじゃない? ループする話はしていたし、次も自分を信頼してねみたいなメッセージじゃない? 私、死ぬ直前だったし。あ、そういえばループをしたことを信じさせたかったら妹さんがいたことを伝えてとか言ってたわね。き、きっと、自分を信頼するようにみたいな――」
「妹の話まで!? 私と何があったんですか。そんな理由でキスする仲だったんですか」
「ち、違うわよ。私だって意味が分からなかったんだから!」
どうして勝手にキスされて責められないといけないのよ。なんでそんな顔でって……え? あれ? ん?
今、イグニスの顔が間近に迫って唇に……触れなかった?
「い、今、私にキスしなかった?」
「聞かないと分からないんですか」
なんで喧嘩腰なのよ。
「待って。なんでキスしたの」
そんな関係だった?
え?
どういうこと?
「あなただけ私にキスされた記憶を持っているなんて、おかしいでしょう」
「お、おかしいの……?」
「そりゃそうですよ。私はした覚えがないのに。おかしすぎる。そんなことが許されていいはずがない。おかしいことは正さなくては」
「えっと、おかしいから、キスをした……?」
「その通りです」
そんな理由でするものだった?
「いや、しなくてもいいと思うけど……」
またイグニスの顔が迫って――。
「ま、待って待って待って。今、なんか二回目しなかった!?」
「だから聞かないと分からないんですか」
「いや、したわよね。絶対したわよね。なんでよ!」
「一回も二回も三回も似たようなものでしょう」
「……一回も二回も三回も同じ……」
「はい」
「……だからした……」
「その通りです」
あれ、またイグニスの顔が――っ。
「手を離しなさいよ!」
「離したら逃げるでしょう」
「逃げなっ――んっ」
なんでたくさんキスされるの!?
なんでなんでなんで!
「ちょっと、おかしい気分になったらどうするのよ!」
もうなってるけど!
「大丈夫ですよ。私にキスされた記憶がありながら、今までおかしい様子はまったくありませんでした。つまり、私にキスされたくらいでは、あなたはおかしくならない」
なるわよ!
どうしてくれるの。こんなの絶対期待する。もしかして、もしかしてって。
「わ、私のことが好きなの」
「いいえ」
あ、今落ち込んだ。
ずどーんと落ち込んだんだけど。
酷くない?
「どうせ、あなたはいずれどこぞの貴族と結婚するんでしょう」
「え」
「もしくはミセル様と婚約でもし直すんでしょう」
「いえ……全然その気はないけど……」
どっちも、あまりにも気が乗らない。
「そういえば、ミセル様からあなたに確認するように言われたんでした」
突然、なんの話よ。
「確認?」
「あなたのお母様、顔も見たくなければ消しますよ」
ああ――、そういうこと。
私の死にお母様も関わっていたのね。兄は宮廷書記官長として働いているものの、結婚はまだだ。いい結婚相手でも紹介するとか何かしらの取引があったのかもしれない。兄は私の仕事と完全に無関係ではない。始末した人間の死因の改竄をお願いすることもある。
もしくは……愛人に夢中になっていたから協力金をもらって家を出るつもりだったのかも。
「別にいいわ」
私は家族の誰からも必要とされていなくて……。
「ミセル様は、もうあなたは自分の道具であると。侯爵家に戻すつもりはないとお伝えしていました」
お母様を脅したのね。全て知っているぞと。次に私の命を脅かしたら、ただではおかないことも言外に匂わせたってことね。
ミセル様の道具。
彼の持ち物。
私の意思なんて関係なく、必要なものとして側に置いてくれる。ここにいたいなんて言わなくたって、彼のものだと認識してくれている。
私がここにいる理由はミセル様だ。
涙が一筋流れる。
「ええ。これからもそうして」
私はずっと、ミセル様にお仕えする。
彼が必要としてくれるなら、死なんてまったく怖くない。何度だって繰り返す。
「……ねぇ、ナタリー。私にキスされるくらい、どうってことないでしょう。今まで忘れていたくらいですから」
え、まぁ忘れていたけど。
「これくらい我慢してくださいよ。一度したんですから、二回も三回も変わらないはずだ」
もう何回したのか、さっぱり分からない。
好きなのかと聞いても否定しか返ってこないのも、もう理解した。
「……あなたが、他の人としないのならいくらでもどうぞ」
触れるだけの甘いキス。
「どんな関係だったんですか、私と。教えてくださいよ」
本当に嫉妬されているみたい。
「私と何があったんですか。どうしてそこまでミセル様に……」
「……変なの。前のあなたと同じなのに」
「ナタリー……全てのあなたを見ていたかった。そうですね、嫉妬しているのかもしれない。あなたの知る、前の私に」
――まるで、縋られているようだ。
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