第14話 恋と忠誠
――ほどなくして、王妃様は体調を崩されてご静養なされた。
たぶん、もうこの世にはいない。びっくりするほどあっけない。……と思ってしまうけれど、暗躍しているから分かる。私の知らないところで、色々あったのだろう。暗躍する側でなければ、こんなものだ。
イグニスに聞いても「もしかしたらいずれ話す機会があるのかもしれませんが……いや、どうでしょう」と煮えきらない。
ミセル様は、
「父上の愛人がそのうち側妃として王宮入りするよ。機を見て母上のご逝去の知らせが入り、いずれ側妃から正妻になるだろう。表向きその愛人と仲よくするのは義務だと知っておいてほしい。一般には存在が秘匿されていた十歳の第二王子も王宮で暮らすことになる」
と、おっしゃっていた。なんらかの取引があったに違いない。
愛人と第二王子の住む場所は徹底的に今まで隠されていた。もしかしたら、王妃様からの暗殺を避けるためだったのかもしれない。
ついでに、「イグニスも色々と頑張ってくれた。労ってやってくれ」と笑っていた。
あのメイドはどうなりましたかとも聞いた。私を暗殺する時にのみ姿を現すメイド。
「もういないよ」
――と、それだけだ。
私の前に姿を現さない形でとはいえ、侯爵家に務めていたし名前も伝えた。どうにかしたのだろう。イグニスが「ミセル様と夜を共にするあなたはいい餌でした。早めにボロを出してくれたのでそちらは簡単な仕事でしたよ」と言っていた。私はあんなに彼女に殺されていたわけで……少し悔しい。
ミセル様からは夜、思い出話を少しばかり聞かせてもらった。幼い頃からずっと、お母様から「完璧な王子様」であることを求められ続けていたらしい。凄惨な拷問からも目を逸らしてはいけないと、物心つく前から無理矢理見せられていたとか……。「あの人も、可哀想な人ではあるんだ」と言っていた。僕の父上に愛されないせいで、ああなってしまったと。
私を殺そうとした理由までは教えてもらえなかった。知っているのかすら分からない。
もしかしたら……私が殺されたのは、王妃様にとって完璧な婚約者でなかったからなのかもしれない。ループして婚約破棄をしてもらっても、私は彼の側にいた。婚約者に返り咲くことも可能な位置に。
ミセル様は、婚約者より護衛を信頼する。
もしそれを知っていたなら、可能性十分と見るだろう。
攻略していないから分からないけれど、ゲームでも私が王妃に殺されたことを理由に、お父様の許可をもらって王妃様を葬ったのかもしれない。私は表向き病死とされてしまう。事前に察知したミセル様がイグニスに目撃をさせて、王妃様を葬る根拠に利用した可能性は限りなく高い。
そして、ヒロインは殺されることなくハッピーエンドを迎える……と。
最近ミセル様は、イグニスと私の三人でいると、すぐに変な軽口を叩く。
「学園に今からでも通ったっていいのに、ナタリーは強情だなぁ。護衛を引退してただの侯爵令嬢に戻って僕とまた婚約したっていいんだよ?」
「ご冗談を」
ミセル様に相応しい相手……正直なところ、思いつかない。私にお手つきしているという噂もあることだし、それは違うとミセル様を信じてくれる相手がいいとは思うものの、彼は婚約者を信じるタイプではないからなぁ。一方的に信じてというのも……。
「冗談じゃないのにな。そういえば、どうする? 報復もなさそうだし、そろそろ部屋を移る?」
王妃サイドにいた人たちの動向もずっと探っていたんでしょうね。私が死ぬはずの時期はもう少し先だけど……。
「そうですね。もう大丈夫かとは思いますし――」
「では私のところに移ってもらいましょう」
「え」
イグニス、どうした???
「いずれは彼女をメイド長にするおつもりでしょう、ミセル様。まだ彼女には気配の消し方など甘い部分も多い。もうループもしないでしょうし、もう少し個人的に鍛錬を積ませます」
え?
メイド長?
知らないよ?
それに……、
「イグニス侍従長、嫁入り前の娘が男と寝起きしてはいけないとか言ってませんでした?」
ここにはミセル様がいるので、私も部下であることを弁えて丁寧語を使う。
「今更でしょう。もう手遅れです」
まぁ、ミセル様との噂は広がっているけど。
「すごいな、ナタリー。僕から侍従長へ乗り換えか」
「……絶対、そう言われますよね」
「ハクがつきそうだ。主従どちらも手玉にとるメイド長ってね」
本当にメイド長にする気なのか。
まだ先だろうけど。
「……楽しんでますよね」
「どうかな。ま、しばらくはまだ主任でいてもらうさ。で、イグニスはナタリーともっと個人的に過ごしたいと」
「そう受け取ってもらっても構いません」
そんなしれっと……。うーん。何を考えているかは分からないけど……。
「私も仕事の話を個人的な場でもできるのはありがたいですね。鍛錬も積みたい。ミセル様のためにも、もっと強くなりたいです」
「本音は?」
これだから、ミセル様は厄介だ。
私のご主人様。
私の心など、お見通しだ。
「イグニス侍従長と……一緒にいたいです」
「ふっ、分かった。好きにするといいよ」
「ありがとうございます」
でも――と、彼が私の頰をなでる。
「君は僕のものだ。そうだろう?」
最近、こうやって彼はすぐに確認する。私が信じるに値するかどうか。私のことを信じれば信じるほどに、不安になる人だ。
私のために王妃を殺した。
自分の母親を殺した。
だから、これくらい許してくれるだろうと甘えている。
「当然です。私の命はミセル様に救われました。好きにお使いください。どんな危険な任務もまっとうしてみせます」
「まだ分からないよ。君が死ぬはずの時期は、まだ半年ほど先だろう」
「未来がどうあったとして、今もこれからも、この身はミセル様に捧げます。何百回死のうと、それは揺るぎません」
「ああ、ずっと僕に仕えてくれ。ナタリー」
「御意に」
いとも簡単にあのメイドを葬っただろうイグニスに比べれば私はまだ弱い。任務の中で命を落とす可能性もまだ高い。
彼の信頼に応えられるほどに強くならなくては。そのために、プライベートの時間を使っても、全ての能力を向上させる。
「イグニス侍従長、私はもっと強くなりたい。よろしくお願いします」
「……分かりましたよ」
ミセル様のよかったねという笑顔が憎らしいわね。
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