第9話 同じ部屋で1
「それで、どうしてこうなったのよ」
「あなたのせいですね」
「……分かっているけど、どうしてこうなったの」
「ミセル様のご配慮にご不満でも?」
「なにを考えているのよ、ご主人様は……」
もうすぐとはいえ、まだ学園に視察に行ってすらいない。そのうえ、私が死ぬのは約半年後とも伝えたはずだ。
どうしてイグニスと同じ部屋で同棲するはめになるのよ!!!
侵入に備えて、天井裏にも護衛が常にいる。交代制だけれど、そこは男性の侍従が対応している。廊下の護衛は基本的に衛兵だ。イグニスも天井裏にいることもあるので、毎晩一緒ではないものの……。
「ベッドが一つしかない」
「ああ、シングルからダブルベッドに交換しました。ミセル様の指示で。同じベッドの方が守りやすいので」
「嬉しくない……」
「一年経てば私室へ戻れますよ。あなたが死なないことか確定したらですね。あ、大きい声は出さないでくださいね。異変察知のためにミセル様の部屋との壁は薄いので」
「は? え、こ、声って」
「怒鳴り声とか出さないでくださいよ」
あ、ああ。なんだ……てっきり……。いや、なにも期待してないけどね!?
「あなた、全て終わったらミセル様と再婚約したらとか言ってなかった?」
「ええ。すればいいんじゃないですか」
「他の男と形だけでも寝た女とするわけないじゃない。そもそも再婚約なんてしないけど」
「大丈夫ですよ。あなたがここにいることを知っているのは私とミセル様だけです。今のところはですけどね。あ、天井裏に入る護衛には伝えていますよ。気配が二つになってしまうので」
だからミセル様が嫌でしょうって意味なんだけど。もういいや。どうせ彼と結婚する未来はないし。
「一応聞くけど、私を女としては見ないわよね。あんなに鍛錬で痛めつけるくらいだものね」
「あなたは侯爵令嬢の麗しのナタリー様ですよ。恐れ多くて何もできません。する気もおきません」
……ズキッと心臓が痛んだ気がした。
「任務だと思えば簡単でしょう。これも仕事です、仕事。早く入ってくださいよ。私は早く寝たい」
びっくりするほど女として見られていないわね。もういいや、入ろう。
「……布団に入りながら静かに標的を待つ任務?」
布団をそっと握り、持ち上げると中に体を入れる。……ドキドキするわね。
「そうですね。あなた、寝ている時に不信な気配に飛び起きるための訓練とかしてないですよね」
「してないわ」
お互い一つのベッドに入って会話なんて……平然とした顔を頑張ってしているけど、どうなのかな。緊張しているの、見抜かれているのかな。
「だから、あなたが殺される可能性が高まった以上、一緒に寝るしかないんですよ。幼少期に就寝中の殺気察知なんて普通は済ませるんですが、あなたは特殊ですからね。睡眠時、かなり危険です。もっと早く訓練すべきでした」
「う……」
「今後、寝入った時に扉から殺気を飛ばしてナイフで刺そうと近づくので飛び起きてください。まずは基本からです。少しずつ気配や殺気は消していきます。ただ、殺気を出してしまうと近くにいる他の護衛にも気づかれますし……やはり話は護衛全体に通した方がいいかもしれませんね。ミセル様と相談しますよ。そのあとに始めましょう」
ちょっ……!
「では、これから頑張りましょう。おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
全然色気がない。
あっても困るけど、何もない。
それどころか、リラックスしてる時にナイフって……。いや、今も護身用に忍ばせてはいるけど。
イグニスは外側を向いてしまった。
なんだか寂しい。
いや、こっちを向かれても困るけどね!?
もう少し……もう少しだけ話をしたいな。
「ねぇ、イグニス」
「なんですか」
「私のこと、他に聞きたいことはない? 聞き漏らしたこと」
明日も仕事だ。話しかけられる内容なんて、これくらいよね。
「ありますよ」
「あるの!?」
やった!
もう少し話せる!
「私には言わずにいた異世界の話。言う気があるのならもっと話してください」
あー……。
「信じるの?」
「異世界なんて検証すらできないもの、信じる信じないの話ではありませんよ。あなたはそう認識しているんだな、と。それだけです」
そうか。
ミセル様も、きっとそういう感覚なのね。
「で、言う気はあるんですか」
「ええ、話すわ。私が生まれたのはね――」
まだ話せるんだと浮かれる。
ベッドの上で見つめ合える。
私の言葉に頷いてくれる。
――どうしてそれがこんなに嬉しいのか、この時は分からなかった。
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