第8話 ミセル様と
あれから、オフの時間は地獄のような鍛錬をイグニスとするはめになった。「自信をつけてもらわねばなりませんから」と言ってたけど、何度か気を失った。今まで散々痛めつけられていたのがやさしく感じるほどだ。
前々から上達のために練習していた鎖鞭という武器もかなり使いこなせるようになった。そろそろ実戦で採用してもいいかもしれない。
護衛はオーソドックスな武器の他にマイナーな武器も一種類は使いこなす。手練れが相手の時に、相手の思ってもいない動きをみせる武器が効果を発揮することもよくあるからだ。
「悪かったね、呼び出して」
「いいえ。ご主人様に呼び出されるのは光栄の至りです」
「大げさだなぁ、ナタリー。僕を捨てたくせに」
「…………」
「いや、僕に君を捨てさせたが正しいのかな」
「拾っていただき、ありがとうございます」
「捨てさせて、拾わせたんだろう?」
「ええ、私の目論見通りに」
「ふっ……」
楽しそうにミセル様が笑う。この人は、結構毒のあるやり取りが好きだ。
護衛としてはまだ側にいられるほどの実力には達していないけれど、定期的に会話はしている。
当然、他の護衛ともミセル様は話す。そうする中で忠誠心が育つからだ。この人には忠誠を誓いたくなる何かがある。だからこその王子なのだろう。
「大体のところはイグニスに聞いたよ」
彼が隣に控えて立っているイグニスに目を向けた。次にどんな言葉がくるのかと緊張が高まる。
「僕もね、君の話を信じるよ。だから、あらためてもう一度話してくれるかな」
信じてもらえた。
唇がぶるぶると震える。
この道でよかったんだ。
婚約者じゃ駄目だった。
私の選択は……間違いじゃなかった。
「信じていただけるんですか」
「信じないわけがないだろう? 僕のために尽くしてくれている君の言うことを疑うわけがない」
彼が私に近づき、頰をなでた。
「婚約者の時は信じてもらえませんでした」
「ループ前の話か」
ふっと穏やかに彼が笑う。
「婚約者なんかと一緒にしてもらっては困るな。僕のために血を流すわけでも、日常的に命を危険にさらすわけでもない。どうやってそんな相手を信じられる?」
なるほど。
確かに積極的に助けたい相手ではなかったのね、私は。
「今の私は信じられますか」
「ああ。婚約者なんてものよりよっぽどね。君のこれまでの働きも受けた傷も全て知っているよ。だからこそ疑問だった。どうして耐えられるのかと。その理由を直接聞きたくなったんだ」
「光栄です」
「好きだよ、ナタリー。君の努力に応えたい。君は大切な――、僕の誇れる護衛だ」
まだ話してもいないのに、苦労が報われた気がした。この人に全てを捧げたくなった。
これが……忠誠心か。
「何もかもをお話します。イグニス侍従長に話していないことも全て」
「……ほう?」
この人相手に何も隠したくないと思った。
「最初に住んでいた場所はこことは違う異世界です。そこで死を迎えてこちらの世界に転生したのが、婚約破棄をしていただく半年ほど前のことです。夢物語と思ってもらっても構いません。前に私がいた異世界では、この世界の話が本のようになっていました」
「……本?」
信じてくれると言うのなら、全てをさらけ出したい。
「多少形態は違いますが似たようなものです。私は途中までしか読んでいないので全貌は分かりませんが、学園への視察の日、なぜかイグニス侍従長が学園の占いの館で占いをします」
「……理由は?」
「分かりません。今までのループでは確かめにすら行かなかったので、あったのかすら不明です。学園への視察は近い。そろそろ計画をされているのでは?」
あのゲームでの攻略対象者であるこの二人。同じ日の放課後に「研究棟へ行く」を選べばミセル様に会い、「占いの館へ行く」を選べばイグニスに会えるシステムだった。とはいえ全員を攻略していないと、イグニスとは友情エンドしか迎えられないと攻略サイトには書いてあった。
私はどちらも選ばず平和に幼馴染の騎士を選んだものの途中で投げたし、ループの中でも悪役令嬢らしくはしなかったものの孤高を貫いていた。「一人が好きなの。放っておいてちょうだい」と言えば、ミセル様の婚約者である私の機嫌を損ねないよう人は近づかない。
「……確かに、検討はしているよ」
「そうですか」
理由はと聞きたいけれど、私は末端の護衛。言わないのなら聞かないのが礼儀。
「うーん……、ここだけの話だけどね」
「はい」
教えてくれるのかな。
「学園ではこの国お抱えの魔法使いと共に動くから、僕の安全は確保される。で、イグニスには別のところで待機してもらうんだよ。それが占いの館だ。普段はそんな名前の建物ではないけどね」
「魔法使い……」
「ああ。表には出してないよ。研究費を出す代わりに多少役に立ってもらっている。といっても、やりたくないことはやらない主義なのが魔法使いだ。対等な関係だよと言いたいところだが……もう三百年くらい学園に臨時講師として居座っているから、どうかな。彼にとって、僕は赤子くらいの認識かもしれない」
「三百年……」
魔法使いは本当に規格外だ。
そういえば、ゲームのキャラに魔法使いっぽい人もいたような……。誰も攻略していないから、あとで明らかになる裏設定みたいなのは全く分からない。いきなり何もないところから現れてうっかりヒロインと遭遇していた彼が、実は魔法使いでしたというオチの可能性は高い気がする。
……名前は忘れた。
「姿隠しの魔法をかけてもらって、生徒たちの様子をみようかと思っている。大人になると特に貴族は色々と隠すのが上手くなるからね。ボロが出る学生のうちに、彼らのことを深く知っておきたいんだ」
「それで、どうしてイグニス侍従長が占いの館……」
あ、つい質問しちゃったわ。
「生徒たちの悩みを聞くのも面白そうじゃないか」
……あとで報告を聞くのね。
「タロット占いなのもミセル様のご指示ですか」
「よく知ってるね。ああ、そうか。前世で読んだ本……のようなもので知っているのか」
「はい」
「ふむ。その話はいずれ詳しく聞こう」
え……困るな。
「学園にいる間はイグニスと共にいればいい。そうすれば安全だろう。行き帰りの護衛は頼むよ。そこは他の護衛もたくさんつくけどね。王宮でもイグニスからあまり離れない方がいいな。占いについては気になるなら直接聞きなよ。君はもうなんの心配もする必要はない」
もしかして……今回は大丈夫なのかもしれない。期待して裏切られてきたけど、今回こそは生きて……。
「それじゃ、次はここでの話をしてくれるかな。ループの始まりは?」
「あ、もちろんです! まずは――」
あとでこの日のことを、思い出して恥ずかしくなった。
信じてもらえたことが嬉しくて、私はきっとものすごくはしゃいだ声で語っていただろうから。
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