【13】「ゼネオアブニアル」
「てめぇなぁ……おっさん泣かすなよな
もう……年齢的に涙腺が弱ぇーんだよ…俺はよぉ」
「女性の涙は絵になる。それが見たかったのさ」
「うるせぇ〜」
そんなやりとりをしながらも、
マルケリオンが、強く、肩を叩いてくれた事が、
むずかゆくて嬉しかった。
いつものセクハラじゃない。
男同士にしかわからない、友情のスキンシップだ。
「マルケリオン。いくつか頼みたいブツがある」
「君の為になら、なんでも用意しよう。
それで?何か閃いたのかい?」
「ああ。両方の宿題が片付きそうだ」
「両方?」
「聖女ドドゴミンの悲願、神格魔法と、
ウドド運行列車に関する謎かけだよ」
「それは……上々だね」
————————————————————————————————————
「驚いた……本当に神格魔法が起動している」
マルケリオンは、魔法実験の為に仕入れてきた
仮想実験装置を覗き込み、唖然とした声をあげた。
装置の中、ガラス越しに見えるエネルギー受容器には、
ブルーグリーンの魔石が回転しながら、鈍く光っている。
聖女の抱えていた、神格魔法の発動に要する
魔力の問題を解決できるかもしれない魔石。
それはトマリンだった。
当然……といえば、当然な話かもしれないが、
発想するまで、完全に見落としていた。
それに気づいたのは、
ウドド運行列車に、取り残された
トマリンの使い道について考えた時だ。
神の核を原動機に持つ魔法源泉と、
その核から魔力を捻り出して使う神格魔法。
そのエネルギー源が違う方がおかしくないか?
神の核を転用した魔法源泉が建造されたのは、
聖女ドドゴミンが亡くなった200年も後のことだ。
神の核を活性化させるのに
トマリンが必要だって分かったのも同年代。
神の核、神の力、神の魔法。
そのエネルギー源が同じであろう事は、
想像に容易い。
すでにピースは揃っていた。
「君の持つ、固有スキル【魔法限定解除】と、
このトマリンがあれば、事実上は神格魔法が使える。
おめでとう。もし君が聖女でなければ、大賢者へ抜擢されるだろう」
「そんな肩書き、いると思うか?」
「おやおや。大賢者の前でそんな事言って……
悪い子だなぁ」
「だから!気安く人の胸を触るんじゃねぇ!!!
それよりも、聞きたいのはここからだろ?」
神格魔法のエネルギー問題が解決すると共に、
芋づる式に出てきた発想。
ウドド運行列車に纏わる出題へのアンサーだ。
「聞こう。
言ってみたまえ」
奴らがウドド運行列車を足止めして、
トマリンを破壊しなかった事で疑問視された
『悪意結界の弱体化』以外の目的。
俺が立てた仮説、それは……
「ふむ。つまり、敵がウドド線を襲った本当の理由は、
『悪意結界の弱体化』ではなく、
その大量のトマリンを使って神格魔法を使う為だと?
……確かに、あの量のトマリンで神格魔法を使えば、
悪意結界ごと、魔法源泉を破壊できるかもしれない」
「ああ。おそらく相手にも俺と同じく神格魔法を使える輩がいるはずだ」
ウドド線襲撃の際に、盗まれたという少量のトマリン。
それが裏付けになる。神格魔法をどこかで使うつもりなんだ。
「それは奇妙だ……それでは、あの場所にウドド線を止める理由がないだろう?
あのまま列車が王国に着くまで待って、そこから神格魔法を使えば
目的は達成できるはずだ」
「いや。そんなに簡単じゃないだろ?」
「なぜだい?」
「あんたら大賢者が居るじゃないか。
特に、王国最強の法力の大賢者マルケリオン様がな」
「……という事は……」
「ああ。次の戦いで狙われるのは、
お前だって事だよ。マルケリオン」
マルケリオンは、木製の椅子に深く腰掛ける。
背もたれが、ギィと鳴き声をあげた。
その細い顎に指を引っ掛けて長考すると、
小さい声で「なるほど」と、何度も呟いた。
虹色の瞳を、瞼で隠し、一際ゆっくりとうなづいた。
その光景は、何か、覚悟めいたものを感じさせる。
「敵の思惑…だいたい、察しがついたよ。
なかなかうまい手を考えたものだ」
「というと?」
「君のいう通り、次の襲撃は、我々大賢者を狙うものだろうね。
特に、この私の命を欲しがっての事」
「ああ。敵にとって一番の脅威は、お前だからな」
「もしも、そこで私が死ねばどうなると思う?」
「……そりゃ、奴らは大喜びで攻め込んでくるだろうな」
「着目すべきは、敵の動きよりも王国側の動きだよ」
「王国側……大賢者が死んで…守りが甘くなれば……あっ!!」
「気づいたかい?
ヘシオーム国王は、悪意結界が弱体化している事に固執しているんだ。
今現在でも、ウドド線の修理を急かしているくらいにね。
もしも、私が死ねば、よりその意識は強まるだろう」
「大量のトマリンを、早いとこ魔法源泉にぶち込んで
安心したいってか……奴らは、それを利用するんだな?」
「名答だ。奴らは、ただ待っていれば良い。
それでチェックメイトだ」
「そこまで分かれば話は簡単だ!!
今すぐウドド線の復旧をやめちまおう!!」
「それはできないよ」
「なんでだよ?そうすりゃ、神格魔法は使えないだろ?」
「そう。それと同時に悪意結界も永遠に弱ったままだ。
それどころか、魔法源泉が完全停止でもすれば、
自体はもっと悪くなる」
「………それじゃ、トマリンだけ魔動車で運ぶ、てのはどうだ?」
「……ナオ君。この件に関して、ひとつ僕の提案……というか、
謀りごとに協力してほしいんだ。良いかな?」
マルケリオンはこう言った。
全て見て見ぬふりして、敵の思う通りにさせると。
もしも、中途半端に先手を取っても、
敵の目的が変わらない限り、やり方を変えて何度も襲撃してくるだろう。
無駄に戦いを長引かせれば、それだけ被害も大きくなる。
不明瞭な襲撃を受けるくらいなら、
相手の動きがわかっている状態で戦う方が勝率が高い。
「先ほど、君は言ったね。私が王国最強だと。
敵もまだそう思っているはずだ」
「まだ?」
「ああ。今さっき首が差し代わった。
現行の王国最強の魔法使いは、君だよナオ君」
「!!」
「敵は、神格魔法を使えるイレギュラーを知らない。
だからこそ、切り札になる」
「俺に何やらせようってんだ?」
「君が先にトマリンを消費すれば良いんだよ」
「は!?」
「私の想像が正しければ、その頃には、
明確な正敵が姿を現しているだろう。
そいつに向けて神格魔法をぶつければ良い」
敵がウドド運行列車の復旧に乗じて動くのを待って、
逆に俺がウドド運行列車を奪う。
そして、敵が待ち受ける戦地までトマリンと一緒に赴き。
目の前で先に使ってやる……みたいな流れか。
「目の前でウドド運行列車を破壊され、
待望のトマリンを全部使われるのは……どんな気持ちだろうね
ッくく!想像しただけで腹の底から笑えるよ」
「なぁ、お前、自分で何言ってるか……分かってんのか?」
「もちろんさ」
「お前…まんまと死ぬつもりなのかよ」
「バカを言わないでくれよ。
僕はまだ童貞なんだ。
好きな子がいるんだ。
まだまだ死ねないよ」
マルケリオンは、机の上に置かれた、小さな肖像画を指で撫でた。
「だったら、死ぬかもしれない戦地に自分で行く事ないだろうが!!」
「それでは、無駄に兵を殺すだけになってしまう。
そもそも、私達、大賢者が負けるなどあり得ない。
英雄マコトも凄まじく強く育っている。
次の戦いで一皮剥けて更に強くなるだろうね」
「……腑に落ちねぇな」
「でも…それでもね。
『もしも』は、えてして訪れるものなんだ。
その時の為の君なんだ」
だから、悟られてはいけない。
敵は勿論、仲間にもだ。
無能、非力、不信を印象付け、
この可憐な少女の体を持ってして欺くのだと。
マルケリオンはそう言った。
「だからね。聖女ナオ。
君は、君の本懐を果たしたまえよ。きっとそれが、
この国の歴史に古くから埋まる
その時のマルケリオンは、法力の大賢者だったと思う。
その意思も、威厳も十分に感じられた。
彼の打ち出した
マルケリオンの魂の声が聞こえたからだ。
たとえ、自分が死んだとしても……と。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
~以上回想終わり~
そして、俺はここに居る。
賢者マルケリオンの魂を
空中に散布されたトマリンに魔法回路を連結させる。
頭の中で構築する魔位25示の神格魔法は、
数千数万と繰り返したイメージの通りに建造された。
魔法回路を通じて、数千の神力が一箇所に集まる。
聖女のスタッフが、ミシミシと軋み悲鳴を上げ始める。
全ての回路、構造、階層に魔力が駆け巡り、
出力のボルテージが絶頂を迎える。
固有スキル【
固有スキルにより、俺の魔位は25を超えた。
準備は整った。
さぁ、やるべき時にやるべき事が成せる。
その幸運に、心からの感謝を。
───そして。
「ああ、どうかドドゴミン。俺と彼女の心が、
ああ、どうか。許されますように」
そして全ての、成せなかった者達へ、
その言い訳に向けられた魂の懺悔であると願って。
「
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