第63話

「いつまで下宿にいるつもりなんですか?」

「結婚するまで。今はまだ無名に近いから結婚しても養えない」

泉野は山南と向かい合ってコーヒーを飲んでいた。

「あれ?泉ちゃん」

瑤が気が付いて、泉野達のいる席に歩いて

来た。

「あー、瑤。気分転換に来たんだ」

「頭が疲れた時は甘い物がいいですよ。洋梨のタルトなんかオススメです」

「じゃあ、それ2つ」

「畏まりました。少々お待ち下さい」

瑤が行ってしまうと山南は口を開いた。

「先生は、ご自身で思っているより売れています」

「そう?」

「遊歩道も10万部の売れ行きですし、

今の皐月薫るも、読者の人気は高いです。いつまでも下宿にいる事はないのではありませんか?」

「さくら荘は俺が投稿を始めた6年前からずっといる所だ。空気が暖かくていいんだよ。俺は結婚するまで下宿を出るつもりはない。もう言うなよ」

そうしていると洋梨のタルトが運ばれて来た。

「去年の佳作、五月の風を修正した上で連載したいんだけど、その話はどうなってるの?」

泉野はそう言うとジッと山南を見る。

「編集長にも言って見ましたが、皐月薫るが好評なのでその連載が終わっての話だと言いまして」

「あ、そう。あれ、自信あったんだけどなー」

泉野はどんどん口と手を動かして、あっという間に皿は空になっていた。

山南はまだ半分残っている。

「今は皐月薫るをお願いします」

「ああ、分かってる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る