第6話 あの日買ったdsの説明書を僕はもう知らない
公園はもうすっかり暗くなっていて、普段なら見慣れ慣れしたしんだ公園も今は一本の街灯が光るばかりで不気味である。
しかしながら彼女が隣にいるこの時間は様々な美しく綺麗な思い出に装飾され、まるでテーマパークに来たかのような気分だ。
「もうすっかり暗くなっちゃったね」
そう言いながら彼女は薄暗い公園にゆっくりと足を進める。
「だから言ったじゃん。明日行けば良いって」
「人生はね、したいと思った時にしたいことをする為にあるんだよ」
「誰の名言?」
「私の名言」
そんなご機嫌な彼女を追い久しぶりに公園に足を踏み入れる。
なんだかブランコも遊具も昔より小さく感じてミニチュアでも見ている気分だ。
「うわぁ懐かしい。あの時から何も変わってないや」
「あの登る所の足場が狭くて少し怖い滑り台も、空が高くて降りれないって泣いたジャングルジムも全部そのまんまだ」
「林也が調子こいて飛んで頭ぶつけたブランコもそのまんまだね」
互いに顔を見合わせてあの頃のように笑い合う。
目の前にあの頃の泣き虫でよく後ろを付いてきていた彼女はなく、希望と元気を与え僕らを一段飛ばして抜き去ったアイドルがいるだけだ。
「あの時は高く飛んで華麗な着地を決めれると本気で思ってたんだよ」
「今だったら出来るんじゃない?」
「この年で流石にチャレンジしすぎじゃ無いか。病院行くことになったら何て説明すればいいんだよ?」
「ブランコから飛んだら骨折しました?」
「さすがに目も当てられないな。まあでも久しぶりにブランコは乗りたいかも」
子供頃ブランコが一番好きで、前に後ろに勢い良く向かい、反対方向に戻る瞬間のフワッとしたあの無重力の瞬間がとても好きだった。
「せっかくだし乗っちゃったら?周りに人もいないし」
「乗っちゃうか」
空と近くのブランコに腰を下ろし足を動かすとキィキィと音を立ててブランコが揺れはじめる。
「いつぶりだろう、こんなにゆっくり楽しく1日が終わるなんて。こんな幸せで良いのな?」
「ご飯食べて買い物して公園来るだけでそんな喜べるなんて、ずいぶんと安上がりだな」
「他の人には何てことない日かも知れないけど、私にとってはやっと叶った願いだから」
「…やっぱりアイドルは辛かったか?」
「それはもう辛かったですよ」
答えずらい質問かと思ったが意外なほどあっけらかんと彼女は言い切る。
「でももういいんだ。もうやる気もないし」
「辞めちゃのか、ここまで来たのに?」
「うーん、もういいかな。やりたいことはやったしもう疲れちゃったよ」
「そっか」
僕は彼女の顔も見れずに足を動かすがブランコはその場を行ったり来たりを繰り返すばかりだ。
「それよりも今はみんなと下らないことで笑って泣いて喧嘩して。学校で勉強して帰りにはみんなと遊んで帰ってそんな何にもない生活がしたいかな」
「そんなに良いもんじゃないぞ」
「そんなに良いもんじゃなくても林也の隣にまたいれるだけで十分だよ」
「空のライブチケットとは違って万年モテない僕の隣は抽選販売もないんだ。だから君がそこまでするほどの価値は無いよ」
良くも悪くも幼馴染である。
今は多分疲れていて心が弱っているから少し寄っ掛かりたいのだろうし、多分だが僕以外の異性をあまり知らないと思う。
ならここで僕のわがままで、僕の身勝手な独占欲で、僕のわいしょうな心の隙間の隙間を埋めるために彼女を縛りたくはない。
「価値なんて人それぞれだと思うよ。
私達のグループより地下の子を全力で推す人なんてたくさん居るし、人気のある作品よりもマイナーだけど自分にとって最高の作品がある人もいるしね」
「でも冴えない男子が美人で人気な女の子と付き合ってたら、そりゃ周りだっていい思いはしないし、ましてやその人気のレベルが国民的ならましてやだろ?」
彼女は勢い良く足を蹴り上げブランコの勢いをつけてブランコから飛び降り、軽い足取りでジャングルジムへと向かう。
「私がしばらく活動休止にしたいって言った時そうやって認めて貰ったと思う?」
「そりゃあ…相談して納得して貰ったとか?」
「さすがにお金と時間を掛けて育てあげたグループの1人だもん。そんな簡単には手放さないよ」
「じゃあボイコットとか?」
「はずれ」
「両親からお願いして貰うとかか」
「やってみたけど…まあ無理だったかな」
彼女はジャングルジムに手をかけ、まるで無邪気だったあの頃のように楽しそうに登り始めた。
「じゃあどうやって君は今僕の目の前にいるんだ?」
「ふふ、幽霊かもしれないね私」
「今日買い出しの時に塩でも買ってくれば良かったよ」
「あれれ、幼馴染除霊しようとしちゃってる?あの花とか見たことないタイプ?」
「あれも最終的に成仏してただろ」
「どっちにしろまだ私は願いを叶える途中だから成仏する気なんてないんだけどね」
「さいですか」
しかしながら全く持って、どうやってどんな環境で芸能界を活動休止出来たのか分からない。
「グーループのメンバーとか周りの人に助けて貰ったとか?」
「色々支えて貰ったけど正解ではないなぁ」
「あーもう分からん、お手上げだ」
ため息をついてその場にうなだれる。
彼女そんな僕を見つめて笑った。
どこか悲しそうに、どこか不気味に見えたのは月の逆光と、楽しそうにジャングルジムで遊ぶ年不相応な行動のせいだろう。
「じゃあいつかは当ててみてね」
「業界なんてぜんぜん知らない僕が分かるのか?」
「分かるよ。これからも私をしっかり見てたら」
「そんなので分かるのか?」
「分かるよ林也なら」
「僕を高く買ってくれてるみたいだけど、期待に添えるほどの男じゃ無いよ」
「なら私もきっと君が思うほどいい女でも無いかもよ」
ジャングルジムの上に座って僕を見下ろす幼馴染は、月から来たかぐや姫のように美しく魅力的で今宵の公園の様に不気味で魔性で掴みどころも無い女性であった。
「それはない」
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