宝物 妹と過ごした日々
鉄道王
妹小3編
第1話 妹の誕生日
少年時代。我が家にはいつも大人がいなかった。古い木造の借家。父が帰ってくるときはだいたい夜遅く……だから歳の離れた妹の面倒を見るのが、僕の日常だった。
二重のぱっちりした瞳を持ち、小顔でテレビに出てくる子役のように整った顔立ち。名前を
この頃の僕にとって睡蓮と過ごす毎日が本当に宝物だった。
◇◇◇◇◇
9月上旬の金曜日。今日は睡蓮の誕生日。
晩ご飯に、彼女が大好きなオムライスを作ってあげると、彼女は目を輝かせて喜んだ。母さんが作ってくれた味には遠く及ばないけど、睡蓮のお気に入りだ。
とても幸せそうに食べるもんだからこっちも思わず微笑んでしまった。
壁にヒビが入った、小汚い部屋。狭い空間で二人きりの誕生日パーティー。でも二人きりだからこそ、特別な思いがあった。親が祝ってくれない分、僕がいっぱいお祝いすると。
「朝にも言ったけど。あらためて、スイちゃん誕生日おめでとう!!」
「ありがとう!お兄ちゃん!今日のオムライスすっごく美味しかったよ」
笑顔の睡蓮。昔優しく笑いかけてきた母親の面影を感じさせる表情。少しドキッとした。
「あ、うん……そういってもらえてよかった。ところでさ、スイちゃんにサプライズがあるんだ!」
この日は睡蓮の9歳の誕生日。夕食後、上機嫌の彼女にサプライズを発表した。驚かせようと思ってひそかに計画していたことだった。彼女は目を丸くして食いつくように聞いてきた。
「ホントに!なになに?」
「こーれ!」
僕はそう言って押し入れにしまってあったそれ・・を睡蓮の前に披露した。袋に入ったそれをゆっくりと取り出す。睡蓮の表情が変わった。
「私が欲しかったゲーム! お兄ちゃんこれ?どうしたの?」
目を見開いて驚く睡蓮。信じられないといった顔で、喜びよりも困惑しているようだ。
「ん……小遣いとか、新聞配達とかいろいろね」
「朝にどっかから帰ってきてたのは新聞配達するためだったの? これを買うために?私のために?」
「うん、スイちゃん、CM見て、ほしいなぁっていってただろ?なら誕生日にちょうどいいかなって」
半年前、ゲーム機のCMを見た睡蓮は目を輝かせていた。でも何も言わなかった。我が家は貧乏だし、父さんがそんなものを買ってくれる性格ではないこともわかっていたからだ。小遣いだってスズメの涙に等しかった。
睡蓮はいつも我慢している。もっと兄に頼ってほしい。
「お兄ちゃん、ありがとう……いつも私のためにいろいろしてくれて」
泣き出しそうな睡蓮。僕は彼女の頭をそっと撫でた。
「いいんだって!兄ちゃんはスイちゃんが喜んでくれるのが見たいんだから。スイちゃん、もっとお願いしてもいいんだよ?」
毎日、中学で嫌なことがあっても、家に帰ると睡蓮が笑顔で迎えてくれる。いつもそれに癒されていた。
まだ8歳だったのに僕がインフルエンザを引いたりした日には家の家事を自分一人でやってのけた。申し訳ない気持ちで謝る僕に睡蓮は、「お兄ちゃんはがんばりすぎだよ。私だってできるんだよ」と言って微笑んだ。それ以来、どんな辛いことがあっても妹の笑顔を思い出して耐え抜いてきた。
「ありがとう!でも今はもうないかなあ……私はお兄ちゃんといるだけで楽しいんだ」
「スイちゃん……」
「お母さんが出て行ってから、お兄ちゃん何でも一人でやろうとしてるもん。だから私、心配なの。お兄ちゃんがそのうち倒れちゃうんじゃないかって」
そう言って涙を拭く睡蓮。9年前、生まれた日に僕の指をそっと握った彼女は、時を経て芯の強い女の子に育った。僕は睡蓮のためならなんだって出来るような気になった。
「大丈夫だよ。スイちゃんは心配しなくても。兄ちゃんは案外丈夫にできてるんだから」
「でも私だって、もう3年生なんだよ!これからもっとお兄ちゃんを助けるからね」
そう言って僕を心配してくれる睡蓮を見ていると少しだけ目に熱い物を感じ、悟られないように話題を変えた。
「スイちゃん!明日はソフトを買いに行こうか」
「うん、でもお金……お兄ちゃんだって買いたいものあるんじゃないの?」
「大丈夫、大丈夫。兄ちゃんも欲しいソフトがあるんだ。それにスイちゃんと一緒にやりたいしね」
「ホント!」
「うん」
「やったー!お兄ちゃん大好き!」
そう言って抱き着いてくる睡蓮。こういうところは年相応に子供だけど、彼女は確実に成長している。もう僕に守られてばかりの妹じゃないんだ。
妹の9歳の誕生日。僕と妹はまた絆を強くした。
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