第6章:私たちの青春

第49話

「――時間です。答案用紙を集めて」


 中間試験、最後のテストが終わった。


 先生が教室から出ていく前から、教室に楽し気な声が満ちる。


 早苗さなえ歩美あゆみが私の机に駆け寄ってきて告げる。


「ねぇ、午後からマスターを誘って商店街に遊びに行かない?」


 今日は水曜日でお店はお休み。


 誘えば来てくれると思うけど……。


「それなら、孝弘さんも呼ぶ?」


 歩美あゆみがあからさまに嫌な顔をした。


「え、嫌よ! なんであんな人を呼ぶのよ」


「どうせ遊ぶなら、大勢の方が楽しそうじゃない?

 孝弘さんも勉強ばかりだと、息が詰まるだろうし」


 早苗さなえがスマホを取り出してタップしていく。


「オッケー、孝弘には連絡しておくね。

 あとは秀一さんとか桜も呼ぼうか」


 私は思わず声を上げる。


「え゛、なんでその二人を?!」


「だって、男子二人に女子三人じゃバランス悪いじゃない。

 美形は多い方が楽しいでしょ。

 桜はどうせ、放っておいてもついてくるよ?」


 それはそうかもしれないけど。


 私は小さく息をついて応える。


「わかった、連絡は任せるね」


 私は鞄を取り出し、帰り支度を始めた。





****


 生徒の流れに乗りながら校門を出て、生徒たちとは違う方向に歩いて行く。


 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は駅とは別方向の住宅街にあるから、こっちにくる生徒はほぼいない。


 三人で歩いていると、歩美あゆみがスマホを取り出した。


「……返事来たよ。みんなオッケーだってさ。

 神社で待ち合わせようって」


「お昼はどうする?」


「ファミレスでいいんじゃない? 大人数だし」


「りょ」


 歩美あゆみが少し落ち込み気味に告げる。


「二人はテストの手応えどうだった?

 私はいまいちだったわ」


「んー、自信がないかなー。

 回答欄は全部埋めたけど。

 ――早苗さなえは?」


「あはは! 私に聞くだけ野暮って奴じゃない?」


 私はジト目で早苗さなえを見つめた。


「あんだけ教えたのに。

 なんで開き直るかなー」


「いいじゃん、別に。

 高校最初の中間試験なんて、大した意味ないよ。

 まだ二か月しか勉強してないんだし。

 期末で頑張れば、それでいいじゃん?」


 私はため息をつきながら、神社に向かって歩いて行った。





****


 神社前には少し大きなリムジンが止まっていた。


 リムジンに寄りかかるように立っていた孝弘さんが、こちらに向かって手を挙げる。


「おーきたか。

 クソ爺から車借りてきたから、これで移動しようぜ」


 私は長細いリムジンを眺めながら孝弘さんに尋ねる。


「なにこれ、カーブを曲がれるの?」


「クソ爺の仕事用リムジンだ。

 小金井こがねいさんたちは中で待ってるよ。

 お前らも早く乗れよ」


 孝弘さんがスライドドアを開けてくれたので、早速中に乗りこむ。


 車内は部屋のようになっていて、中央にテーブルまである。


 マスターに秀一さん、桜ちゃんは中でくつろいでるみたいだった。


「ごめーん、お待たせー」


 私たちが乗りこむと、最後に孝弘さんが乗りこんでドアを閉めた。


「まずは昼飯だよな。

 レストランで良いか?

 クソ爺行きつけのイタリアンがある」


 早苗さなえが不満げに声を上げる。


「ちょっと孝弘!

 女子高生の予算を考えてよ!

 ファミレスでいいでしょ!」


「別に俺が支払いを持つぞ?」


 歩美あゆみも不満そうに応える。


「バイトしてるのに、理由もなくおごってもらうなんて悪いわ。

 それに孝弘さんだって、それは自分のお金じゃないでしょう?」


 孝弘さんがつまらなそうにシートに体を預けた。


「耳に痛いことを言うなよ。

 それならファミレスでいいか。

 ――おい、駅前のファミレスまでやってくれ」


 リムジンが緩やかに動き出す。


 私の隣に座るマスターが、嬉しそうに微笑んで告げる。


朝陽あさひ、今日はどこに行きたいとか、あるかな」


「んー、ファミレスで決めればいいかなって。

 みんなで遊べる場所なら、それでいいんじゃない?」


 秀一さんがフッと笑った。


「それなら、ファミレスの後は『大人の遊び』を少し教えてやる。

 おそらくお前たち高校生じゃ、まず行こうと思えない場所だ」


「――え?!」


 私と早苗さなえ歩美あゆみの声がそろった。


 『大人の遊び』って、どういうこと?!


 思わず顔を赤くしていると、楽しそうに秀一さんが微笑む。


「まぁ、楽しみにしておけ」


 桜ちゃんが横から告げる。


「じゃあそのあとは、夕方からカラオケでいい?

 ネットでフリータイムの予約、とっておくね」


 神様の癖に、スマホを使いこなしてる?!


 私たちは午後から何が起こるのか、ドキドキしながら車に揺られていた。





****


 ファミレスで、私はいつものチーズが入ったハンバーグをパクパクと食べていく。


 サイドメニューの鶏肉のグリルもパクパク食べる私に、歩美あゆみが呆れながら告げる。


「本当によく食べるわね。まさか、また『自動ダイエット』なの?」


「んー、そうかも?

 車に乗ってから急にお腹が減ってきたし」


 私はパンもお替りして、結局二人分以上の昼食を食べていた。


 早苗さなえがジト目で私を見てくる。


「なんでそれだけ食べて、春より痩せてるの……」


「そんなこと言われても、お腹が減るんだからしょうがないじゃん!」


 ようやくお腹が満足した私は、オレンジジュースを飲みながら反論していた。


 マスターが穏やかな笑顔で告げる。


「今は僕と秀一、それに桜が一緒にいるからね。

 朝陽あさひの負担も、それだけ大きいんだよ」


 孝弘さんも大盛りのライスを食べ終わり、一息ついていた。


「それで、葛城さんの言う『大人の遊び』ってやつは高校生でも払える金額なのか?」


 秀一さんはコーヒーを飲みながらフッと笑った。


「少し高いが、無理な金額じゃない。

 ドリンクを付けても、一時間で千円もしないさ」


 私は胸をなでおろして告げる。


「なんだ、それくらいなら問題なさそうですね。

 ――桜ちゃん、カラオケの予約は何時から?」


「んーと午後四時だよ。

 だからそれまで、二時間ぐらいは遊べるかな」


 二時間で二千円。確かに無理じゃない金額だ。


 早苗さなえ歩美あゆみも安心したような顔をしていた。


 そんなに安いなら、『いかがわしいお店』じゃないだろうし。


 秀一さんがクスクスと笑みをこぼす。


「お前ら子供が『いかがわしい店』など、入れるわけがないだろうが」


「あ、そうですね。はい」


 私たち、学生服だしね。



 お昼を食べ終わった私たちは、徒歩で秀一さんが案内するお店へと向かった。





****


 向かった先は、小さな雑居ビルだった。


「ここがそうなの?」


 秀一さんは何も言わずに階段を上がっていく。


 マスターが「さぁ、行こうか」と手をつないでくれた。


 歩美あゆみ早苗さなえは二人で手を繋いで不安げに階段を上っていく。


 私もマスターと一緒に、何が待っているのか不安に包まれながら階段を上った。



 階段を上った先で扉をくぐると、そこは――ビリヤード場?!


 静かな洋楽が流れる中、広々としたスペースに余裕をもってビリヤード台が置いてある。


 秀一さんがカウンターに行き、店員さんと話をしていた。


 マスターが私に告げる。


「まずはキューを探そうか」


 キューって何……。


 マスターに手を引かれて壁際に行く。


 壁に並んだたくさんの棒の中から、マスターが一本を取り出した。


朝陽あさひには、これぐらいで丁度いいかな」


 私はそれを受け取ると、しげしげとながめてみた。


 ニスが塗られたみたいにテカテカと輝く棒は、片方がちょっと重たくなっていた。


 反対側は少し細くなっていて、先っぽに青いものが付いている。


 マスターが「その青いのはチョークだから気を付けて」と告げた。


 おっと、学生服につかないようにしないと。


 秀一さんが歩美あゆみ早苗さなえにキューを見繕ってあげてるみたいだった。


 孝弘さんや桜ちゃんは、自分にあったキューを探していた。


 マスターが告げる。


「それじゃあ、二グループに分かれようか」


 私たちはうなずくと相談しあって、二つのテーブルに散った。

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