第46話

 お風呂から上がってベッドに横になると、メッセージ着信に気が付いた。



早苗さなえ:そろそろマスターと何か進展した?


朝陽あさひ:するわけないでしょ?!


歩美あゆみ:親公認なんだから、デートぐらいしときなさいよ。


早苗さなえ:ほら、TDLとかどう?


歩美あゆみ:映画館もいいんじゃない?


朝陽あさひ:勝手に決めるな! いいから放っておいて!



 私はスマホを枕元に放り投げ、ベッドに横たわった。


 『親公認』って言われても、何をしたらいいのかわかんないし。


 いつもはバイトがあるから、デートする暇もないし。


 ああ、そういえばそろそろ最初のバイト代が振り込まれる頃か。


 お母さんは『私の好きに使っていい』って言ってくれたけど。


 やっぱり最初のバイト代は、お母さんに何か贈り物するかなぁ。


 次の水曜日、放課後に商店街を見て回ろうかな。



 そんなことを考えながら、私はうつらうつらと眠りに落ちていった。





****


 潮原しおはら駅を降り、改札を通る。


 学生たちの波の中を歩きながら、次第にいつもの着流し姿が目に入る。



 着流し姿のマスターが嬉しそうな笑顔で私に告げる。


「おはよう、朝陽あさひ。はい、お弁当」


「ありがとう。

 ――ねぇ、次の水曜日、一緒に商店街に行かない?」


 マスターがきょとんとして私に尋ねる。


「構わないけど、急にどうしたんだい?」


「ほら、来週月曜日が十日で、お給料日でしょ?

 お母さんへの贈り物を買いに行こうと思って」


 マスターがニコリと微笑んだ。


「それだけ?」


 う、心を読まれてる気がする?!


「……ついでに、一緒に映画とか、どうかなとか」


 マスターがとろけそうな笑顔でうなずいた。


「うん、僕は大丈夫。

 それじゃあ水曜日、店で待ち合わせしようか。

 学校帰りに寄ってくれれば、それでいいから」


「……はい」


 マスターはそのまま、笑顔で私に手を振り、お店の方へ消えていった。



「――はぁ、緊張した!」


 私はバクバクとうるさい心臓を押さえながら深呼吸をする。


 とにかく、まずは恋人として一歩前進だ!


 今日は金曜日、明日は土日シフトだし、お仕事も頑張るぞ!


 小さくガッツポーズを取ってから、私は学校へ向かった。





****


 土日のシフトは何事もなく過ぎ去った。


 月曜日はこっそりバイト前にATMに立ち寄って、残高に驚いたりもした。


 カランコロンとドアベルを鳴らし、『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』に入る。


 マスターがカウンターの中から私に笑顔を向けた。


「いらっしゃ――ああ、おはよう朝陽あさひ


「おはようございます……って、どうして職場の挨拶って『おはよう』なの?」


 マスターが小首をかしげた。


「なんでだろうね。調べてみたけど、いまいち理由がわからないんだ。

 たぶん、慣例的に使われてるだけじゃないかな」


 カウンター席に座る秀一さんが楽し気に笑みをこぼした。


「仕事始めの時間がバラバラだと、挨拶がばらけるだろ?

 それだと面倒だから統一してるんだよ」


 私は思わず手を打った。


「へぇ~、秀一さんって物知りなんですね!」


「ま、俺の近辺を眺めていた範囲での知識だがね。

 俺は商売繁盛の神でもあるから、商人とも縁があるんだよ」


「……それはそうとして、なんで本当に毎日通ってるんですか?」


 秀一さんがニヤリと私に微笑んだ。


「お前の味を楽しんでいる。

 お前の姿も楽しんでいる。

 ここに居ると娯楽がないからな」


 ――変質者か?!


 私は疲れて肩を落としながら、スタッフルームへと向かった。





****


 カウンターで学校の予習を進めていると、歩美あゆみが私に告げる。


「そろそろ中間試験だけど、朝陽あさひは大丈夫?」


「んー、自信はないから、試験勉強はしておこうかな」


 早苗さなえが元気な声で告げる。


「じゃあさ、明後日の水曜日、一緒に試験勉強しない?」


 う、明後日か……。


「ごめん、早苗さなえ

 その日はちょっと都合が悪いかな」


 早苗さなえがきょとんとして私を見た。


「どうして? 何があるの?」


「えーと、お母さんの贈り物を買おうと思ってさ。

 バイト帰りだと、お店が閉まっちゃうじゃん?」


 歩美あゆみがニタリと微笑んだ。


早苗さなえ、気を利かせなさいよ。

 二人の邪魔をしちゃ悪いでしょ?」


 私は顔がカッと火照って思わず声を上げる。


「なんでそういうことになるの?!」


「あら、違うと言うの?

 ――マスター、明後日は朝陽あさひと出かけるのでしょう?」


 マスターは困ったような笑顔でうなずいた。


「うん、買い物のあと、一緒に映画を見る予定だよ。

 そのあとは夕食を食べておしまいかな」


 私はさらに声を上げる。


「ちょっとマスター! なんでばらしちゃうの?!」


「うーん、だって嘘をつく理由がないだろう?

 僕も神だから、基本的に嘘はつけないんだ」


 早苗さなえ歩美あゆみはニヤニヤとした視線を私に送ってくる。


 私は真っ赤な顔を隠すように、ノートに向かって予習を再開した。





****


 水曜日の昼間は、さんざん早苗さなえ歩美あゆみに散々からかわれて過ごした。


 学校前で早苗さなえたちと別れ、一人でお店に向かって歩く。


 ……うーん、なんだろう? 誰かに見られてるような?


 後ろを振り返っても、誰も見当たらない。


 私は小首をかしげてから、潮原しおはら神社に向かって歩きだした。



 神社の前では、ジーンズに白いシャツ、黒いジャケット姿のマスターが待っていた。


 首には当然のようにペアネックレスが下がっている。


 マスターが嬉しそうに微笑んで告げる。


朝陽あさひ! 今日も可愛いね!」


「いや、いつもの学生服だけど……」


 私はマスターの腕に抱き着く桜ちゃんをまじまじと見てしまった。


「なんで桜ちゃんがいるの……」


 桜ちゃんは笑顔で私に応える。


「なーに? 僕が居たら都合が悪いの?

 子供は子供らしく、『健全なお付き合い』をしたら?」


 ぐぬぬ、初デートがコブ付きとか、ちょっとそれはどうだろう……。


 マスターが私に微笑んで告げる。


「お弁当箱、受け取るよ」


「――あ、はい」


 青い巾着袋を手渡すと、マスターはそれを本殿の中に入れた。


 ……あれ? いつもみたいに消さないんだ?


 本殿の扉を閉めて神社の入り口に戻ってきたマスターが私に告げる。


「じゃあ行こうか、朝陽あさひ


「……うん」


 なにげなく差し出されたマスターの手を握り、私たちは商店街に向かって歩きだした。





****


 商店街に向かいながら、マスターに尋ねてみる。


「お母さんへの贈り物、何がいいかなぁ」


「そうだなぁ、基礎化粧品とかどうかな?

 そんなに高くないし、日用品だし。

 もらって困るものじゃないんじゃない?」


 桜ちゃんが唇を尖らせて告げる。


辰巳たつみはわかってないなー。

 肌に付ける化粧品は相性があるの。

 いつも使ってるブランド以外をもらっても困るんだよ?」


 私は思わず声を上げる。


「――え? そうなの?!」


 桜ちゃんがニヤリと微笑んだ。


「あー、朝陽あさひもしかして化粧初心者?

 基礎化粧品こそ大事なんだよ。

 それならネイル用品とかの方が無難じゃない?」


 そっか、そういうものなのか……。


 マスターが困ったように告げる。


「ごめんね、気が利かなくて。

 とりあえず化粧品売り場で、店員さんに相談してみようか」


 私が頷くと、マスターはコスメ専門店へと足を向けた。





****


 マスターたちと一緒に専門店に入り、店員さんに「お母さんに贈り物をしたいんです」と伝えた。


「普段使っているブランドはわかりますか」


「わかりません……」


 横からマスターが「ああそれなら――ですよ」と告げた。


「ご予算はおいくらぐらいですか?」


 私はお財布の中を思い出す。


 このあとデートがあるし、全部使ったらマズイよなぁ。


「えっと、三万円ぐらい?」


 店員さんがクスリと笑った。


「それだけあれば充分ですね。少々お待ちください」


 店員さんが店内を回って、いくつかの商品をピックアップして戻ってくる。


「こちら、ハンドクリームとネイル用のキューティクルオイルです。

 これならお手頃価格ですし、お客様の負担にならないと思います」


「あ、じゃあそれでお願いします!」


 背後から桜ちゃんが告げる。


朝陽あさひも基礎化粧品ぐらい買っとけばー?

 そろそろお肌のトラブル多くなるよ。

 スキンケアは今からやっても良いくらいなんだよ?」


 私は振り返って桜ちゃんを見た。


「え、そうなの? 私まだ十五歳だけど……」


 桜ちゃんの指が私の鼻先に突き付けられた。


「甘い! お肌の曲がり角は十七歳!

 今から準備してないでどうするの!」


 店員さんがクスクスと笑みをこぼしながら告げる。


「では、お客様用のスキンケアもご提案させていただきますね。

 少々お待ちください」



 結局、私はお母さん用のコスメと自分用のコスメを買ってお店を出た。


 桜ちゃん、案外いい人だな?


 マスターが私に告げる。


「さぁ、映画を見に行こうか」


「――うん!」


 私たちは手をつなぎながら映画館に向かって歩きだした。

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