第5章:スクープ!
第44話
カランコロンとドアベルが鳴る。
接客に出た私の前には、女子高生くらいの女の子。
オーバーサイズのパーカーで、手首まで袖で隠れてる。
青いショートヘアとキュロットスカートから覗いた白い足が印象的だった。
その子は私を無視して店内を見回し、カウンターにいるマスターに目をとめて駆け出した。
「――辰巳! 会いたかった!」
女の子がカウンターの上に飛び乗り、マスターに飛び掛かる。
マスターは驚いた顔でその子を受け止めていた。
「お前――桜か! どうした、突然!」
「だってー! 辰巳ってば全然会いに来てくれないじゃんかー!
仕方ないから、僕が来てあげたんだよ!」
――『僕っ子』?! 実物は初めて見たかも?!
呆然としながら、私はマスターに尋ねる。
「その子……誰なの?」
マスターは女の子に対応で必死で、私に応える余裕がないみたい。
熱烈な情熱をぶつけてくる女の子に、マスターが押されていた。
代わりにカウンター席に座る秀一さんが、私に応えてくれる。
「こいつは
「――じゃあ、竜神なの?!」
「ま、ちょっと違うが、似たようなもんだ。
どちらかというと『あやかし』に近い存在だな」
「親戚だからって、いきなり抱き着くとか節操が無いんじゃない?!」
秀一さんがコーヒーを飲みながら応える。
「桜は昔から、辰巳べったりだったからな。
なんせ中国からついてくるほどの執着ぶりだ」
マスターがようやく桜ちゃんを引き剥がして告げる。
「――桜! いい加減にしないか!」
「辰巳! もっと引っ付かせてよ!
昔みたいに、僕をそばにおいてよ!」
マスターが深いため息をついた。
「お前にはきちんとした
俺の力は必要がない」
「そんなぁ?! どうしちゃったの?! 辰巳!
――ん? なんか、
店内を見回す桜ちゃんの目が、私にロックオンされた。
「……君が悪臭の発生源だね?」
「悪臭って、言い方が酷くない?!
桜ちゃん、少し落ち着いて?!」
桜ちゃんは冷たく座った目で私に告げる。
「辰巳は僕のものなんだよ。
それを邪魔するなら、誰であろうと容赦は――」
次の瞬間、桜ちゃんはマスターの手で壁に叩きつけられていた。
桜ちゃんの首を掴み、怒りをにじませながらマスターが告げる。
「いいかげんにしろ、桜。
「――そんなにこの女が大事なの?!」
「ああ、大事だ。お前よりもな」
桜ちゃんが涙目になって告げる。
「そんなぁ……ひどいよぉ。
辰巳と僕の仲じゃんかぁ」
秀一さんがフッと笑った。
「桜、本気で謝っておけ。
そろそろ辰巳も我慢の限界だぞ」
「――わかったよ! 謝る!
もうその女には手を出さないから!」
マスターが冷たい低音で告げる。
「俺に誓えるか?」
「誓うって! だからもう放して!」
ようやく解放された桜ちゃんは、床に座り込んでしまった。
私に振り返ったマスターが、悲しそうな顔をする。
「ごめんね
「あはは……お手柔らかにね?
――桜ちゃん、コーヒー飲もうか!」
私はカウンターに入り、桜ちゃんに肩を貸した。
****
桜ちゃんは秀一さんの横で、大人しくコーヒーを飲んでいた。
「なんだよ、今度こそ独り占めできると思ったのに。
なんで
マスターがフッと笑って応える。
「出会ったのは偶然だ。
だけど今は、その偶然を感謝している」
私はおずおずとマスターに尋ねる。
「桜ちゃんはどんな竜なの?」
マスターは困ったように微笑んだ。
「ごめんね
桜本人から聞いてみて」
私が桜ちゃんを見ると、彼女はプイッと私に背中を向けた。
「僕が教える訳、ないじゃん!」
ですよねー……。
ふぅ、とため息をつくと、またカランコロンとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ。
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ。
お一人様ですか?」
お客さんは二十代後半くらいの女性だ。
ベージュのスリムパンツにミントグリーンのライトジャケットを羽織っていた。
丸いサングラスを外しながら、店内を見回していた。
「……一名よ。奥の席にしてもらえる?」
「はい、こちらへどうぞ」
女性は椅子に座るとメニューを眺め、ブレンドを注文したみたいだ。
それからもしきりに店内を見回してるみたいだった。
私はマスターに尋ねてみる。
「あの人も知り合いなの?」
マスターは首を横に振っていた。
「いや、違うよ。
珍しいね、人間がやってくるなんて」
――人間のお客さん?!
おもわず女性のお客さんを観察していると、彼女は鞄からカメラを取り出した。
そのまま店内を撮影していく。
あわててお客さんに駆け寄って告げる。
「お客さん! 勝手に写真撮影されたら困ります!」
女性は私にニコリと微笑んで応える。
「あら、いいじゃない。
噂に聞いた『幻のお店』にせっかく入れたんだもの。
記念撮影ぐらいしたいわ」
私はカウンターに振り向いて声を上げる。
「マスター! どうしたらいいんですか?!」
彼はふぅ、と小さく息をついてこちらにやってきた。
私に構わず店内を撮影する女性に、マスターが告げる。
「あなたは誰なのか、聞いてもいいかな」
女性はマスターの顔を見ると、ニコリと微笑んでカメラを向けた。
「
オカルト雑誌に記事を売って生計を立ててるの」
――それって、この店を取材に来たってこと?!
香織さんはパシャリとマスターを撮影すると、懐から名刺を取り出した。
差し出された名刺を受け取ったマスターが告げる。
「店内の勝手な撮影はお断りしています。
守れないなら、後悔することになりますよ」
香織さんは余裕の笑みで応える。
「どう後悔するのか、教えてくれる?」
――次の瞬間、バキリという音がしてカメラがひしゃげていた。
あっけに取られる香織さんに、マスターが告げる。
「コーヒー一杯は許してやる。
それを飲んだら帰れ」
香織さんに背中を向けたマスターは、カウンターに入りコーヒーを入れ出した。
****
「なんか感じ悪い人だよね」
「ジャーナリストって、大丈夫あのかしら」
私はマスターからコーヒーを受け取ると、香織さんにそれを届ける。
「ごゆっくりどうぞ」
香織さんは穏やかに微笑んで応える。
「あら、ありがと。
ねぇあなた、バイトでもしてるの?」
「ええ、そうですけど」
香織さんはメモを取り出して私に尋ねる。
「あなたが知ってること、全部教えてくれる?」
――この人、たくましいな?!
カメラを壊されたばかりで、まだ取材続ける気?!
「香織さん、マスターが怖くないんですか?」
「心霊スポット巡りをしてれば、これぐらいいつものことよ。
むしろ目で見える『人でないもの』なんて、レア体験過ぎて興奮するわ」
『人じゃない』ってわかるのか……。
この人もしかして、結構強い
香織さんが私に告げる。
「バイトを始めたきっかけは?」
「求人広告を見て……」
「じゃあ、マスターってどんな人?」
「えっと、優しい人ですけど……」
「このお店、どこか変わったところはある?」
――まだ続くの?!
私が困り果てたところで、カランコロンとドアベルが鳴った。
振り返ると――のっぺらぼうの三井さん?!
タイミング最悪?!
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