第27話
神社の入り口で健二さんたちはリムジンに乗りこみ、自宅へ帰っていった。
孝弘さんは自転車を手で押しながら、私たちに告げる。
「それじゃあ、俺が駅まで付いて行く。
早く帰ろうぜ!」
マスターがうなずき、先頭を歩きだした。
その隣には
それを見て
「ちょっと、『離れていても力を受け取れる』んじゃなかったの?」
「それだと効率が悪いのよ。
くっついてる方が、
私は眉をひそめてマスターに尋ねる。
「力を分けるのって、苦しいんですか?」
マスターが笑顔で振り返った。
「大したことじゃないよ。
あの程度の感覚さ」
いや、私あれでめっちゃ苦しんだんだけど?
歩きながら、マスターが告げる。
「今日の作戦は大成功だった。
これもみんなが力を貸してくれたおかげだ。
健二もこれからは、神社を維持しようとしてくれるだろう。
あと何十年かは、あの店を続けられるね」
私は思わず声を上げる。
「たった数十年で終わっちゃうんですか?!」
「そりゃあそうだよ。
だって健二の次が居ないからね。
孝弘は家を継ぐ気が無い。
健二が引退したあと、間もなく店は消える」
私や
自転車を押して歩く孝弘さんは、何かを考えるようにうつむいていた。
「……俺に、跡を継げると思うか?」
マスターが穏やかな声で応える。
「それは孝弘次第だ。
だがお前は恵まれた環境にいる。
利用できるものをすべて利用して、這い上がることはできるだろう。
そこから先は、また別の戦いが待っている。
その覚悟があるなら、可能性はある」
私の横を歩く孝弘さんが、ぼそりとつぶやく。
「なぁ
なんで私に聞くの?!
「んー、
人付き合いも巧そうですし、先を見る目もあるんじゃないですか?
真面目に頑張ることができれば、たぶん大丈夫ですよ」
「そっか……」
それっきり孝弘さんは黙り込んでしまった。
私たちはそんな孝弘さんを見守るように、黙って歩いて行く。
静かな潮騒と、カラカラという自転車のタイヤが回る音だけが聞こえてきていた。
****
駅に着き、私と
「それじゃあ、お疲れさまでした!」
マスターが笑顔でうなずいた。
「うん、おつかれ。
明日もよろしくね」
「はい!」
「ちょっと待って
あなたにはこれをあげる」
そういって鞄の中から一枚の紙きれを取り出し、手渡してきた。
「これは……地方宝くじ?」
「そうよ? 今日はあなた、とってもがんばったもの。
ボーナスぐらいあってもいいんじゃない?」
「
「あなたたちにもあるわよ?」
そう言って
「何等が当たるかは、あなたたちの日頃の行い次第。
今日どれだけ頑張ったかで、結果が変わるわ」
「ありがとうございます!」
私たちはマスターと
****
家に帰りつくと、さっそくお母さんに宝くじを渡した。
「こんなの貰っちゃった。
当たってたらいいね!」
「あら、地方自治体宝くじ?
でもこれって、賞金が低いのよね。
夢があんまりないわ」
「そんな贅沢言わないで!
神様のご利益が付いた縁起物だよ!」
「んー、これ発表は明日なのね。
確認だけはしておこうかしら」
お母さんはしげしげとくじを眺めながら、引き出しにしまい込んでいた。
私は遅い夕食を食べたあと、お風呂にゆっくりとつかってからベッドに入った。
****
カランコロンとドアベルを鳴らし、
「おはよう! 見た?! 宝くじの当選番号!」
「あら、あなたも当たってたの?
私も三等が当たってたわ。
親に預けたけど、新しい洋服でも買おうかしら」
「あー、そこは同じかー。
でも臨時ボーナスとしても、びっくりだよね!
バイト代何か月分だろう?」
マスターが笑みをこぼしながら告げる。
「君たちは今月、フルタイムで入っているからね。
二週間弱だけど結構な額になる。
それよりちょっと多いくらいかな」
「あら、たった一か月分ちょっと?
……まぁでも、バイト代が二倍になったと思えば、丁度いいのかしら」
マスターがコーヒーを一口飲んでから私たちに告げる。
「来月からは、通常シフトにするよ。
扶養控除から外れないよう、時間を調整しておくから。
平日三日、土日はどちらか。
そんな感じでシフトを決めていこうと思う」
私は小首をかしげて尋ねる。
「なんですか? その扶養控除って」
「君たちがお金を稼ぎすぎると、親の収入が減ってしまうってことだよ。
そうしたら、あんまりバイトをする意味がないだろう?
今まで通りに働いちゃうと、バイト代の何割かを親に渡して釣り合うくらいだ。
それでも働きたいなら、君たちの希望を聞くよ?」
私はおずおずと上目遣いでマスターに尋ねる。
「……たとえば、今までみたいに働いてたら、一か月いくらぐらいなんですか?」
マスターが電卓を取り出して、トントンと指で数字を叩いていった。
「ざっとこれくらいかな」
カウンターに置かれた電卓に、私たちは殺到した。
「すごい……六桁になるの?」
「こんなに稼げちゃっていいのかしら……」
私もその金額に眩暈を覚えていた。
「なんか、現実感が無いですね」
マスターがニコリと微笑んで電卓を手に取り、また数字を叩いて行った。
「扶養控除から外れない金額だと、これくらいかな」
見せてもらった金額は、だいたい半額くらいだった。
「……つまり、ちょっと働いても、目いっぱい働いても、もらえるお金は同じってこと?」
「そういうことだね。
どちらを選ぶかは君たちに任せるよ」
私たちは頭を突き合わせて相談を開始する。
「二人はどうする?」
「私はフルで入っても構わないかな。
マスターと一緒にいられる時間が惜しいし。
――
私はニコリと微笑んで応える。
「私は決まってるよ!
ここの仕事、楽しいもん!」
「そう言うと思った」
「ま、
私はムッとしながら応える。
「それ、どういう意味?!」
「なんでもなーい」
クスクスと笑いあう私たちに、マスターが告げる。
「それじゃあ今まで通りのシフトでいいのかな?」
「はい!」
私たちの声に、マスターが嬉しそうにうなずいた。
「そういえば
「あー、私は確認してないんだ。
ちょっとお母さんに聞いてみるね」
スマホを取り出し、メッセージをタップしていく。
しばらくして返信が来て、私の時間が止まった。
「どうしたの? もしかして外れちゃった?」
「あはは……『一等が当たっちゃった』って、お母さんが」
「えーっ?!」
****
今日も『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は、元気に営業している。
カランコロンとドアベルが鳴って、常連さんが顔を見せる。
私はカウンター席から飛び降りて、エントランスに走り込んだ。
心からの笑顔でお客さんを出迎える。
「いらっしゃいませ!
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!」
ここは『宝石のような時間』を提供する喫茶店。
やってくるお客さんは『ちょっと変わってる』けど、みんないい人たちばかりだ。
笑顔でコーヒーや紅茶を楽しむお客さんを見ながら、私は学校の勉強を進めていく。
穏やかで温かい時間に包まれた空間――それが『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』。
マスターは満足そうに店内を見守り、グラスを拭いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます