第17話
黒塗りの車から降りてきたのは、和服を着たお爺さんだった。
なんだかちょっと怖い顔をしてるなぁ。
お爺さんが私たちを見ると、
ゆっくりと境内に入ってくるお爺さんに、マスターが声をかける。
「源三、突然やってきて何の用だ」
あれ、なんだか声が冷たい気がする。
振り向くと、マスターは少し怒った風に眉をひそめていた。
お爺さんの笑い声が境内に響き渡る。
「ハハハ! そう怒るな
書類上は私が雇用主になる。
だから一度、きちんと本人を確認しておこうと思っただけだよ」
お爺さんに振り向くと、ちょっと柔らかい笑顔で笑っていた。
元の顔が怖いだけで、根は悪い人じゃないのかな?
私たちの前に来たお爺さんが口を開く。
「
あんたらが
私たちはおずおずとうなずいた。
「あの、それで何のご用でしょうか……」
「今日は定休日だろう?
ちょっと家に来て、お茶でも飲まないかな?
心配なら、
私はマスターを振り返って尋ねる。
「このお爺さんの家に、行っても大丈夫なの?」
マスターはお爺さんを睨み付けたまま、小さく息をついた。
「……まぁ、話を聞くだけなら構わないだろう。
もちろん僕も付いて行くけどね」
お爺さんに振り返ると、楽しそうにニヤリと微笑んだ。
「決まりだね。
それじゃあ車に乗っておくれ。
――孝弘! お前も自転車でついてこい!」
浜崎さんが大きな声で応える。
「俺は車に乗せてくれないのかよ?!」
「定員オーバーだ。諦めろ」
そう言ってお爺さんは、ゆっくりと車に向かって歩いて行った。
私も
****
車の後部座席は四人乗りで、マスターと私たちが乗りこんだ。
お爺さんは助手席に座り、私たちに告げる。
「街に出てる時で丁度良かったよ。
屋敷まで少しかかる。
それまで我慢しておくれ」
前列に座る
「大きな車ですね」
「ハハハ! リムジンは初めてかな?
これは小さい方の車だよ」
名前しか知らないぞ?! リムジンなんて!
お金持ちが乗る車じゃなかったっけ……。
座席がゆったりとしていて、座ったことのない椅子の感触に戸惑ってしまう。
私は隣に座るマスターに尋ねる。
「マスターは、浜崎のお爺さんの家に行ったことがあるの?」
「分身では何度かね。
こうして本体で行くのは、初めてかもしれない」
ふと思い出して、マスターに尋ねてみる。
「ねぇマスター、『分身』と『分霊』って何が違うの?」
マスターが穏やかな表情になって微笑んだ。
「なんて説明しようか。
『自我を持った分身』、それが『分霊』といえばいいのかな。
分霊がどれくらい強いかは、本体がどのくらいの強さで分身を作ったかによるね。
たとえば、僕の場合はそこそこ強い分身から生まれた分霊。
「ふーん、じゃあマスターの方が
「そこは神格の問題も絡んでくるから、一概には言えないね。
弁財天も本来は日本でメジャーだし、力が強い神様だ。
でも
うーん、なんだか難しいな。
私が頭を悩ませていると、浜崎のお爺さんが楽しそうに笑った。
「ハハハ! 力は
でも体力がないから、その強い力を自由に使えないのさ。
そして使い切った体力を、
「んー、マスターの方が体力が多いってこと?」
マスターがクスリと笑った。
「だいたい、そんな理解であってるよ。
僕は力と体力のバランスがいいからね。
簡単に体力が尽きることにはならないんだ」
前に座る
「このお爺さんがお金持ちなら、お金のことは
マスターが困ったように笑った。
「そう巧く行けばよかったんだけどね。
今の人間社会は、色々と監視が厳しいんだ。
源三の家のお金も、きちんと管理されてる。
それをごまかすと、国に見つかった時に怒られちゃうんだよ」
私は小首をかしげてマスターに尋ねる。
「
「彼女は財運をもたらす神様だからね。
怒られないようにお金を呼び込むのが得意なんだ。
たとえば、当たりの宝くじを買えたりとかね」
「……それって、ずるくないの?」
「ハハハ! 買ったくじが当たりになるだけだよ!
あとは換金までを
必要なら振り込みも、
うちの経理担当みたいな人だね」
なるほど、お金関係を一手に引き受けてる人なのか。
「じゃあ浜崎さんのお爺さんは、なにをしてくれてる人なの?」
「権利関係、お役所への融通や、人間の手配なんかだね。
地元の名士だから、いろんな方面で顔が効くんだよ。
でもそれも、源三の代で終わりかもだけどね」
私はきょとんとしてマスターを見つめた。
「それ、どういう意味?」
「源三の息子は、僕のことを知らないんだ。
孝弘は僕のことを知ってるけど、『地元の名士』にはなれない。
だから『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は、今しか存在できないお店とも言えるね」
「そんな! それじゃあ、浜崎のお爺さんが居なくなったら、お店はどうなるんですか!」
マスターが私の頭を優しく撫でながら応える。
「そうなったら、また元の『幻のお店』に戻るだけさ。
喫茶店はもう無理だろうけど、何か他のお店でもやろうと思う。
ずっとやりたかったお店だから、僕も残念だけどね」
私はマスターの顔を見上げながら、その優しい笑顔を見つめていた。
****
大きな日本家屋に到着した私たちは、車から降りてお座敷に上がりこんでいた。
途中の廊下も大きくて、まるで京都にでも行ったみたいな気分だ。
浜崎のお爺さんが奥の席に座り、あぐらをかいた。
「君たちも好きに足を崩して座りなさい。
孝弘が来たら、話を始めよう」
大きな座卓の上にはお茶が給仕されていった。
お茶と一緒に羊羹も出してもらったので、手持無沙汰な私たちは羊羹を口に運んでみる。
「――うわ、なにこれ! 口の中でとろけるみたいに柔らかい!
それにすっごい上品な甘さだし、本当にこれって羊羹なの?」
浜崎のお爺さんが楽しそうに笑った。
「ははは、そうかそうか。口に合って良かった」
「とっても高そうね。老舗の味って感じがするわ」
「――うわ、お茶も甘いんだけど?!」
どれどれ?
一口飲んでみると、優しい甘さが舌の上に広がったあと、深いコクが後に残る。
これもお茶とは思えない味わいだった。
驚いている私たちに、浜崎のお爺さんが満足気な笑みを浮かべる。
「客人向けの、ただの茶と茶請けだよ」
私はおそるおそる尋ねる。
「この羊羹とお茶、いくらぐらいするんですか?」
「羊羹は一本何千円か程度、驚くような物じゃないさ。
お茶も百グラム何千円か。よくあるお茶だよ」
え、私一本数百円の羊羹しか食べたことないんだけど……。
お茶って、何千円もするものなの?
お金持ちの感覚にくらくらしていると、ふすまが開いて浜崎さんが入ってきた。
「なんだよ爺、『俺にも来い』って」
浜崎のお爺さんが手で浜崎さんを招いた。
「いいからこっち来て座れ。
あの神社の今後について、話がある」
――神社について?!
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