綴り書き #17

「ああ。ベル。心配したんだよ。さあ、佐藤様にご迷惑だからパパの方へおいで?」


 どうやら監視用の紅目の小鳥からの情報を受け取り先回りされてしまっていたようだ。手を伸ばす紅人。ベルは身体を強張らせて曇天の陰へと隠れる。


「潮。これはどういうことだい? お前にはベルをちゃんと視ておくように言いつけてあったはずだよ?」

「っ……だ、旦那様。申し訳ありません。さ、お嬢様。海影と旦那様の元へ戻りましょう」

「い、いやっ!」


 ベルの返事に紅人の瞳が冷たく凍ったかと思うと、ベルの声に溶け出したようにじんわりと潤む。


「ああ。ベル。やっぱりお前の声はとっても綺麗で美しい……さあ。パパにもっとその声を聞かせて?」


 うっとりと頬を紅潮させ、潤んだ瞳で薄ら笑いを浮かべながらベルへと一歩近づく紅人。繋がれた海影の手を振り解いたベルは、青鬼のぬいぐるみを抱えて走り出した。


「あ、アイツ目がやべぇーぞ!」

「恐らく青人さんの身体はあの洞窟の中です。波止場のこちら側の入り口は塞がれていないようなのでそのまま入りましょう。あの二人を撒ける自信はありませんけど」


 宝石の原石が埋まっている洞窟内部の死角や岩陰を利用しながらゆっくりと洞窟の奥へと進んで行く。


「オッサン。そろそろ何か感じたりしねぇか?」

「あっちです。なんだか呼ばれている気がします」


 青人が指さす方へ曇天たちは向かっていく。


「行き止まりじゃねぇか! またポンコツ発揮してんじゃねぇぞオッサン!」

「ひ、ひぃぃ! す、すみませ~ん! た、確かにこっちからさっきまで声が聞こえていたんですけど~」


 ずずいっと詰め寄るヨウムにミニマム支配人青人が情けない声を上げて涙目になる。青人の背の高さにも青色の原石が埋まっているようだが、その一つだけ少し浮き上がっている。青人の足元の床も他と若干材質が違うということに曇天は気が付いた。この床の下に隠された空間がありそうだと確信したのだ。


「ピィちゃん。その絵面だと、完全に貴方の方が悪役に見えますよ」

「う、うん。ピィちゃんお顔怖いよ?」


『ドウシテ……ドウシテイツモアオトバッカリ……オレダッテ……愛サレテ、イイハズ……ナノニ……』


「あらあ。追いかけっこはもうお終い? アタシ、まだ全然疲れてないわよ? ほら。みぃーつけた♡」


 紅目の小鳥の群れが黒く集まり、人型を成す。狩りを楽しむようにアンドレアルフスは曇天たちへとじわじわと近付いて来る。アンドレアルフス後方の紅人の瞳が俯き加減で揺れていた。


「ほら。ベル。こっちへおいで? いい加減にしないとパパはベルをお仕置きしなくてはいけなくなるよ。悪い子のお風呂は長めにしないと」

「紅人。ベルは嫌がっているみたいだよ? 無理強いは良くないんじゃないかな? 私が先に死んじゃったから、一生懸命私の代わりにベルを育ててくれていたんだと思うんだけど……私が身体を取り戻せば、また四人で一緒に暮らせるようになるんだ。四人で楽しかっただろ?」


 紅人の言葉に固まるベル。青人は小さな身体で、紅人を説得して震えるベルを庇おうとしているようだ。


「またか……また俺の邪魔をするんだなアオトォォ! 元々俺たちは三人だった。四人目なんて居ない。要らないんだよっ! この化け物がっ! 青人を片付けろ。アル!」

「はぁ~い♡ 合点承知よ。さ、青人ちゃん。おねんねの時間ヨ」

 

 アンドレアルフスの古い言い回しは取り敢えず置いておく。青人の意図とは反対に突然逆上した紅人。口調は荒くなり、いつも穏やかを装っていた目元は釣り上がった。指示をされたアンドレアルフスが青人とベルの前に立ち塞がり、光球を作り始める。


 曇天が囮になれば、あの床の下へベルと青人の親子を送り出せるかもしれない。この場でアンドレアルフスを止められそうなのは悪魔ヨウムピィちゃんしかいなかった。自分が危険を冒せば、彼は必ずアンドレアルフスを止めてくれるだろうという確信が曇天にはあった。彼は曇天を失うことを何故か何より恐れるのだ。ならば。と、曇天はアンドレアルフスの前。色の違う床の上へ意図的に飛び出した。


「っっ!? こんのっ! 大馬鹿野郎がっ!」


 曇天の予想通りに勢いよく羽ばたき、前へと飛び出したヨウムが、アンドレアルフスの光球を弾き返す。ヨウムが飛び込んで来た勢いに体勢を崩したベルが尻もちをつき、青人の頭突きが青い原石の埋まった壁の一部を押す。壁から弓矢と槍が飛び出し、ガッコンと大きな音がして、真下に大きく口を開けた落とし穴。


「あらぁん♡ ご愁傷様♡」

「こ、このどポンコツ~~~っ!」

「ひぃぃぃぃ! ほ、本当にすみませぇ~~~~んっ!」


 壁から飛び出した武器を全部華麗に避けて笑顔で手を振るアンドレアルフス。ヨウムの悲痛な叫び声と共に皆が重力に強く引き寄せられてしまうのだった。痛そうに顔を歪める面々。顔を上げた先の大岩の上には古びた棺が置いてある。


「痛ぅ……しかし、今回のやらかしはビンゴのようですよ。あの床の下に空間があるという僕の予測も当たっていたようですから」

「ううっ。実は曇天さんもやらかしだとずっと思っていたんですね? 酷いです……」


 立ち上がって埃を払い、曇天たちは棺の方へ歩を進めようとする。


「オイ。ちょっと待て曇天。さっきの……わざとだろ?」


 その歩を止めたのは、怒りを滲ませ曇天をきつく睨むヨウムの低い声だった。


「何か問題でも? 僕が敵の立場なら弱い方を先に狙いながら、強い方を倒す算段をします。その方が効率的だからです」

「オレが間に合わなかったらお前死んでたんだぞっ!」

「結果的に間に合って、ベルさんと青人さんを安全にこの場所へ連れて来れました」

「そういうことを言ってるんじゃねぇっ!」


 ヒートアップするヨウムを、面倒そうに曇天が躱そうとした時、棺の横でゆらりと人影が揺れる。


「海影? さっき上に居たよね? 紅パパにお仕置きされてない? 大丈夫?」

「お嬢様。来てはなりませんっ!」

「えっ?」


 勢いよく棺の蓋を開けた海影が、中の青人へナイフを向ける。


「旦那様……お嬢様……申し訳……ありません……」

「う、海影? ど、どうして?」


 海影の声と手は震えていた。何度も青人へナイフを突き立てようとするが、出来ない。


「お、奥様に頼まれて……でも海影には……私には出来ま、せん……」


 ナイフを取り落とした海影は泣きながら崩れ落ちた。


「奥様にも、旦那様にも可愛がり、育てて頂いた御恩があるのです」

「海影さん……」


 海影に青人が近付くと、青人の身体は光り出し透けて、棺の中の身体へと吸い込まれていく。しばしの間の後、棺の青人が起き上がって座る。


「パパ!」


 明るく弾んだ声を出したベルが、青人へと抱きついた。青人はベルを抱きしめ返す。


「潮っっ! お前! この、役立たずがっ!」


 遅れて辿り着いた紅人がずかずかと海影へと近付き、髪を掴んで大岩から引きずり下ろして蹴り上げる。


「うっううっ……申し訳……申し訳ありませんっ……旦那様……」

「やめなさい紅人っ!」


 鋭い声と共に青人が紅人を制すると、紅人は憎々し気に固まり手を離す。立ち上がった青人は海影に近付き彼女を優しく助け起こす。


「海影さん。苦労を掛けてしまってごめんね。ずっとヴィーとベルを守ってくれてありがとう」

「だ、旦那様。青人様……ずっとお戻りをお待ちしておりました。お会いしとうございました……それなのに……申し訳ありません……旦那様に刃を向けるなど……どうぞ海影を罰してください」

「ううん。そんなことはしないよ。海影も大切な家族だからね。家族を守れて良かった」


 海影の言葉に首を振り、寄り添うベルの頭を撫でた青人は紅人へと向き直った。


「さあ。紅人。悪いことをしたらなんて言うんだっけ?」


 紅人は無言で青人を睨みつけて動かない。一歩青人が足を踏み出すと、その足元に鱗が浮き上がり、あっという間に全身に広がった鱗からシュワシュワと溶け出して、泡へと変えていく。


 瞬時に広がった泡は空中へと舞い上がり、鍵を包み込んだ一つの大きなしゃぼん玉になった。ヨウムが飛び上がり翼で引っ掻けようとするが間に合わず、しゃぼんは鍵ごと弾けてしまった。


「あ――はっはっは! やった! ついにやってやったぞアンドレアルフス! 邪魔者は消えた。俺のモノだ……。身体が無ければ復活は叶うまい! 全部。全部だ! この村も、地位も、富も皆の名声も! 不老不死ですらもこの俺のモノだ! 俺のになった!」


 ふんぞり返って高笑いをする紅人。目の前に広がる海水溜まりを凝視しながらベルの瞳は色を失くしていく。



 ――――17――――

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