第14話

       ◆



 僕はそのうちに走り出し、フレイアに向かった。

 彼らも危険だ。急がなくては手遅れになる。いや、もう手遅れかもしれないが、見捨てることはできない。

 いくつもの廃墟の間の交差点を抜けていく。放棄された乗用車がそこここにある。あるものは暴徒に襲われたように破壊され、あるものは爆撃に巻き込まれたのか黒焦げになっていた。

 何にも構わず、僕はひたすら突き進んだ。

 フレイアのある場所が見えてくる。ついさっき後にしたばかりなのに、長い時間が過ぎたように思えた。

 人の気配はない。兵士たちの奇襲より僕の方が早かったのか、それとも僕は決定的に出遅れて全てはもう済んでしまった後なのか。

 看板の横を抜け、階段を駆け下りた。

 覚悟を決めて、躊躇いなく扉を開けた。

 室内の匂いにおかしなところはなく、視線の先ではソファに四人の男が並んで、タバコを吸っていた。そのうちの一人、僕を招いた男性が立ち上がった。

「兵隊が来る!」僕は構わずに叫んだ。「ここは危険だ! 逃げてくれ!」

 彼らの反応は機敏だった。まるで最初からこういう事態が起こることを予想していたように、持ち出すものをすぐに手に取り、こちらへ向かってくる。運ぶのが難しいコンピュータ端末などは一顧だにせずに放棄された。

 五人で階段を駆け上がった時、すぐそばで車のブレーキ音がした。街灯などないので、闇の中では何も見えなが、一瞬だけ車のヘッドライト、あるいはフォグランプが瞬いたような残像が見えた。

 逃げろ、とジャーナリストたちが声を交わし、駆け出そうとした時、僕は闇の中から滲み出してくる黒一色の装備の兵士を見た。

 僕と接触したジャーナリストが僕の腕を掴んだが、駈け出す前に銃弾が飛来し、彼は転倒した。

 僕は何を思ったのか、彼の上に覆い被さっていた。

 経験したことのない衝撃が体を打ったが、僕は歯を食いしばり、息を止めた。

 やがて銃声は止み、兵士たちが近づいてくるのが麻痺寸前の聴覚で理解できた。

 僕は上体を起こし、彼らを見た。僕の下にいたジャーナリストも姿勢を取り直そうとしている。

 兵士を見ながら僕は咳き込み、体から何かが抜けていくのを理解した。

 不自然な眠気がやってくる。視界が夜の闇以上に暗くなり、自分を囲む黒い影がその中に溶け込んでいく。沈黙、あまりにも絶対的で、ゆるぎない沈黙が僕を包み込んでいく。

 そんな全てが、不意に破られた。

 甲高いサイレン。

 意識がわずかに覚醒し、視線が自然と空に向いた。

 星が瞬いているのが不意に視認できた。

 こんなに夜空に星があるのか。

 子ども時代に夜空を見上げた思い出が蘇った。

 その夜空を、光の塊がこちらへ向かってくる。

 もう何の音も聞こえない。

 視界は光に塗りつぶされ、一面の白。

 僕は瞼を閉じたはずだった。

 しかしそこに闇はない。

 漂白。



(続く)

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