第11話

       ◆



 僕は手元にある名簿から、成人男性を二〇〇人、選抜した。

 めいめいのシェルターや、あるいはそれ以外の生活の場にいた彼らには軍から協力を要請する書類が届けられ、有無を言わさずに街の東部に連れて行かれたようだった。

 揉め事がなかったわけではないようだが、僕には全容を把握することはできなかった。

 軍からはそれと引き換えのように食料が届き、ユルダは「飢えるのは先送りにできたか」と呟いていた。軍から提供された食料も無尽蔵ではない。どこかで決定的な事態は必要だった。プラスであれマイナスであれ。

 軍の方からの提案の遺体の火葬と遺骨の分割は実行された。

 僕は現場には行かなかった。そこで繰り広げられる茶番を前にして、全てをぶちまけずに居られる自信はなかった。

 少しずつ見るべきもの、知るべきものを遠ざけながら、僕は書類の偽装に奮闘した。

 ガルダ大尉と話した通り、あの日の七日後にはダァナ市の死者の数は一二五一六人まで増えた。

 リューゼス連邦から連日のように爆撃があるとはいえ、七日間で二〇〇〇人が死ぬなどということはそれでもありえないはずだった。僕たちの側の報道官役であるマヌクも困惑していたが、僕は「シェルターがいくつか崩壊した。すでにシェルターも安全ではない」と発言するように言った。マヌクは、彼なりの葛藤を押し殺して、僕の助言を受け入れたようだった。

 他に僕がやったことといえば、死者の数を捏造するのと矛盾する、生存者の数の把握だった。まだ完璧ではないが、それは二〇〇人を引っ張っていった軍からの要望だった。なんのためにその情報が必要なのかは不明だが、僕は捏造した死者の数と食い違わない範囲で数を報告した。

 返事が来る前に、また別の事態も起こっていた。

 それは一日が終わろうかという頃合いで、一日中、シェルターにこもっていたことからくる頭の重さを振り払うため、外へ出ようとした時だった。同僚の一人が僕の仕事用のブースに顔を出した。

「ハンマさん、ちょっと」

 何か言いにくそうにしている彼を、僕は外へ連れ出した。

 シェルターを出ると、夕日が街を染めている。街と言っていいかは自信が持てないが。しかし、煙と埃を大量の含んだ空気もシェルターの中の空気と比べれば雲泥の差だ。

 同僚は、意を決したように話し始めた。

「知り合いの市民が、その、運河を渡るのを見逃して欲しいと、これを」

 そう言って彼が差し出したのは、折り畳まれた紙幣の束だった。僕は彼の顔を見て、首を振った。

「賄賂は好ましくないが、この状況で、札束があっても何にもならないな」

 僕の言葉にほっとしたのか、同僚は少し萎縮を解いて話を先へ進めた。

「なんでも、廃材で筏を作って、夜の間に運河を渡ってダァナ市を脱出するそうです」

「うまくいくとも思えない。運河の向こうはもうリューゼス連邦の支配域だろう」

「止めたのですが、止めるなと言われました。このまま死ぬよりはマシだと」

 そうか、と答えるのが僕の精一杯だった。

 札束はあまり見せびらかさないように、とだけ伝えて僕は同僚を許した。

 その日から数日後の深夜、眠っている僕は叩き起こされた。運河を越えようとしたらしいダァナ市民が対岸からの銃撃を受けて現場が騒然としている、という内容だった。

 僕たち文民にできることは何もない。ただいつでも軍の報告を受けられるように待機していた。

 報告は夜明けをだいぶ過ぎた時間になってやってきた。

 詳細は不明だが、筏らしいものの残骸が発見されたが、激しい銃撃でバラバラになって原型をとどめていないという。何人が乗っていたかも不明で、とりあえず運河のダァナ市側では十二名の遺体が発見されたという。

 僕はその報告を聞いた場に同席していた例の同僚の横顔をさりげなく見た。真っ青な顔で、口元に手をやっているのは顎の震えを抑えているようだ。その手の指さえも震えて見えた。

 僕たちは死者の身元を可能な限り確認し、書類に計上した。

 その日のうちに、さらに二つの出来事があった。

 昼過ぎに軍から連絡が来て、メリダ国の中央からダァナ市に空輸で物資が搬入されるという。ダァナ市には空港など当然ないし、ヘリコプターが近づくには危険すぎるだろうと思ったが、どうやら輸送機からコンテナをパラシュートで落とすらしい。大胆なことだが、それが成功し、継続されればこの街も生き延びる可能性があるかもしれない。

 もう一つの出来事は、同僚の一人、運河を渡って街を脱出する市民から紙幣の束を受け取った男が、首を吊っている状態で発見された。

 彼の死も死者数のうちに計上された。

 死者の数は一五〇〇〇を超えた。



(続く)

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