第6話
◆
ガルダ大尉の言い出したことに、僕はとっさに応じることができなかった。
「できるかな、ハンマさん」
「いえ、大尉……」
シェルターの中には何人もの兵士がいたが、内部は区切られていて僕と大尉だけは隔離されたスペースにいた。ミリュー大佐が連れていたようは兵隊は見えなかった。
それでも僕は動揺し、口にするべき言葉を見つけられなかった。
「難しい話ではないはずです、ハンマさん。形の上での話です」
「しかし、ガルダ大尉、死者の数を捏造するなど……」
ガルダ大尉が僕に要求したこと、それはダァナ市の市民の犠牲者の数を偽装してほしい、ということだった。
「そのようなことをしても、状況は変わりません……」
僕がそう食い下がっても、ガルダ大尉は声を荒げるわけでも、態度を硬化させるわけでもなかった。
「メディアに訴えるのが目的です。この戦争の不正義、リューゼス連邦の非道を世界に知らしめるために、少し事実に色をつけるだけのことです」
「メディアに訴えると言いますが、それは、騙すということなのではないですか?」
やはりガルダ大尉は平然としていた。僕が言うことは予想していたとでも言わんばかりに。
「正確な数字は把握が困難でしょうから、概算ということで構いません」
「そんな……、しかし……」
何も言えなくなる僕にガルダ大尉は話を続ける。
「報道官を通して、数パーセント程度の水増しで問題ありませんから、メディアに発表してください」
「メディアが裏を取ろうとしたら、どうすればいいのでしょうか……」
「簡単に裏は取れません。生存者の数、死傷者の数は、あなたがただけが把握しているのですから」
「中央も知っているはずです」
これにはガルダ大尉も何らかの反応をするだろうと期待したが、大尉はビクともしなかった。
「中央のことは心配しないでください」
おかしな言葉ではあった。中央はこの捏造、偽装を把握しているということだろうか。ガルダ大尉に決定権はないはずだから、ミリュー大佐が立案し、それが中央の許可を得ているというのか。
危険な行動に思えた。メディアが仮に想定通りに動いたとしても事実が明るみ出れば、ダァナ市やメリダ国に対する評価は一変してしまう。それともこの程度の不正は戦争という状況下では黙認されるのだろうか。
結局、僕はガルダ大尉の言葉を受け入れて、自分たちの仕事場のシェルターへ戻った。
僕はユルダに真っ先に事態を伝えた。彼はしばらく黙り、「馬鹿げたことを」と低い声で吐き捨てた。それは軍の行動を責めているようでも、僕の弱さを責めているようでもあった。
「そんなことをして、戦況が変わるものか」
「でも、もしかしたら世界中がリューゼス連邦を止めるかもしれない」
一瞬、僕を見るユルダの視線に軽蔑の色が見えた。
「メディアが戦争を止めることができるなどと、本当に思っているのか? 世界中の人間に報道を介して訴えて、何が結集されるんだ?」
僕は一言も言い返せなかった。
自分がひどくおめでたい人間に思えて、同時に、無謀なことを選択してしまった気がした。
まだ僕は何も行動を起こしていない。
ここが分水嶺なのだと、強く感じた。
しばらく口を閉じ、瞼を閉じて僕は椅子にもたれた。
そして、マムクを呼ぶようにユルダに伝えた。
進むしかなかった。
逆らえない力が激しい濁流となって、僕とダァナ市を押し流そうとしているのが現実だった。
(続く)
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