第4話

       ◆


 その将校は大佐で、ミリューと名乗った。

 場所は軍が臨時の司令所として使っている百貨店だった。いかにも不自然だが、あるいは百貨店が爆撃される理由はないと思っているのかもしれなかった。

 事務室にでも使われていたらしい狭い部屋には大佐の他に大尉の襟章の男が一人と、あとは武装した兵士が五名いた。人が多すぎて部屋は実際よりもだいぶ狭く感じられ、息苦しかった。

「ハンマさん、あなたにお願いしたいことがあります」

 ミリュー大佐はまったくの平静という態度で話し始めた。僕と彼の間にはテーブルがあったが、何も置かれていない。

「ダァナ市の民生をあなたに統括していただきたい」

「民生? それは、つまり、どういう……?」

「現状、どれだけの市民が街に残っているかも、我々は把握できていないのです。行政に関する主要な情報は、ほとんど消滅しています。軍の人間を使う余裕はありません。市庁舎の方でなんとかできませんか?」

 バカな、と危うく口に出しそうになった。

 もしミリュー大佐が連れている兵隊たちが自動小銃を持っていなければ、口にしたかもしれない。

「ミリュー大佐、その作業、生存者を把握する作業は容易ではありません」

「可能な限りの支援はします。情報管理用の端末を融通できます。数は限られますが」

「そんな……」

 大佐はまったく僕の様子を忖度しなかった。彼の中では全てが決定事項なのかもしれなかった。

「私はダァナ市防衛の指揮を執らなくてはいけません。これからの民生との意思疎通はこちらのガルダ大尉が行います。何かあれば彼を通じて伝えてください」

 ガルダという名前らしい大尉が背筋を伸ばし、一礼した。僕も頭を下げるが、思考が追いつかない。

 すっとミリュー大佐が席を立ち、僕を見下ろすようにしながら無表情に言った。

「ハンマさん、あなたにこの街の市民の生活を任せます。頼みましたよ」

 そんな言葉を残して、大佐は護衛らしい兵士五人とともに部屋を出て行った。残ったガルダ大尉が、先ほどまでミリュー大佐が座っていた席に入れ違いに腰掛けた。

「ハンマさん、まずはメディアに対応する人間を決めてください」

「メディアに対応する人間……?」

「軍に同行したものや避難が遅れたもの、あるいは意図的に避難しなかったジャーナリストがいます。今は通信環境が破綻していますが、彼らに対応する人間は必要です。軍の方でも対応するものはいますが、民生の側でも必要です」

 どうして僕が決めなくてはいけないのか、と思ったが、それはミリュー大佐の一存で決められてしまったのだ。

 僕が何故か責任者に選ばれ、僕が決めるように大佐が決めた。

「どうして……」

 僕はガルダ大尉を見た。

「どうして僕が責任者なのですか?」

「生存者ではあなたが最も高い地位にいたからです」

「僕はただの係長ですよ。総務課の人間ではありますけど……」

「生存者が少ないのです。ハンマさん、あなた以外に適任者はいないのです」

 そういうガルダ大尉から目をそらすことしか僕にはできなかった。

 結局、僕は、同僚の生存者の一人であるマムクという人物をメディアに対応する報道官のような立場につけた。ガルダ大尉の気遣いでもないだろうが、その任命は僕からの提案ではなく、軍からの命令としてくれた。

 僕に課された仕事は膨大だった。

 生存者を確認し、インフラの現状を把握し、稼働している中央病院と他の医療機関の状況を確認し、ダァナ市の実際をつぶさに理解することが求められた。

 市庁舎職員の生き残りは休む間も無く、空爆の度に廃墟に変わっていく街を駆けずり回った。持ち帰られた情報は軍から提供された端末に入力されていき、時間が経つごとに表計算ソフトのファイルは充実していった。

 しかしそれとは反比例して、僕たちの上には重苦しい空気がのしかかっていた。

 死傷者の数は膨大で、インフラの存在も一部では手に負えなくなっていた。医療体制は崩壊寸前で、治療が間に合わない負傷者が次々と命を落としていた。

 備蓄されていた食料は当初、めいめいに配布されていたが、僕たちはその状況も把握しなくてはいけなかった。

 市民の中にも同じ感情があっただろうが、敵に包囲された街で無制限に無秩序に物資が消費されるのは明白な危機を連想させた。

 そのうちに、食べるもの、飲むものがなくなるのではないか。

 当面は問題なくとも、この戦争が明日には解決している、ということはない。誰もがそう理解している。十日後にも解決せず、一ヶ月後にも解決しないかもしれなかった。

 しかし、一ヶ月も持ちこたえることができるのか。

 敵はあまりに強大で、ダァナ市はあまりにも小さい。



(続く)

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