第3話

       ◆


 シェルターの中で、僕は市庁舎での同僚たちと再会した。

 しかしその数はあまりに少なかった。数百名が働いていたはずが、生き残っているのは一〇〇人に満たない。

 戦況についてもユルダの口から聞くことができた。彼は市庁舎が攻撃を受ける前に、軍との情報交換の仕事を与えられていたのだ。彼は市庁舎から軍の指令所へ向かう前に、ある程度の事前情報を得ていた。

 メリダ国防軍は初動で大きく遅れをとり、ダァナ市に付近に駐留していた第十一旅団は後退を続けているという。ダァナ市に指揮所が設けられているが、このままだと籠城することになるかもしれない、とユルダは言った。

「ダァナ市は防衛には都合がいいかもしれないが……」

 ユルダはそこまで口にして、しかしその先は言えないようだった。

 ダァナ市は古い町で、中世の城壁が一部、残っている。観光資源でもあったが、それは物理的な防波堤にもなるかもしれない。その城壁があるのは町の東側だ。

 北から街の西側を巡って南へ抜ける古い運河もあるから、それで西側からの攻撃にも耐えられるかもしれなかった。

 ただ、攻めてきているリューゼス連邦はメリダ国の東に位置するので、運河が防衛に必要になっている状況は敵が西に回り込んでいるわけで、ダァナ市が包囲されて敵中に孤立していることになる。それはあまり想像したくない展開だった。

「行政としては」

 僕は思ったことをそのまま口にした。

「まずは市民を脱出させるべきじゃないかな。運河を渡る橋は無事なんだろう?」

「市民の脱出は警察が指揮しているはずだが、実際はどうなっているか……。警察本部も攻撃を受けたという話もある」

「じゃあ、市民の動きには何の統制もないのか?」

 非常事態だぞ、とユルダが眉をひそめる。

「主要な施設はみんなミサイル攻撃の標的にされた。情報ネットの基地局もやられているんだよ。有線も無線も、通じない」

「有線も無線も? それじゃあ、どうやって今、通信環境を確保しているんだ?」

「だから、できていない。確保できていないんだよ。衛星通信さえ妨害されているようだ。あるとすれば、運良く破壊を免れた有線の電話か旧型の無線じゃないかな。望み薄だよ。最初の空爆以降、俺たちの誰も情報ネットの恩恵は受けていない」

 僕は返す言葉を失ってしまった。

 情報ネットはここ数十年で生活のありとあらゆるところに入り込んでいる。スマートフォンや様々な電子端末の電子メールも通話も、無線でやり取りされている。基地局を破壊されてしまえば、残るは衛星通信くらいだが、軍が優先的に使うのは想像がつく。民間の膨大な通信が流れ込めば、通信状況に影響が出るはずだ。

 僕がユルダに何も言えないでいるうちに、また激しい震動がシェルターを震わせた。明かりが時々、消えてはまた点灯する。シェルターには二〇〇人ほどがいるはずだが、明かりが消えた瞬間に全員が黙り込むので時間の流れが一時停止したような錯覚があった。

 結局、その時の空爆は一時間以上続いた。

 地上へ戻るとダァナの街の惨状は想像を絶するもので、一部はもはや廃墟とも言えない有様になっていた。

 僕は市庁舎の同僚たちとともに、ダァナ市の実際を把握するために数日間、奔走した。

 警察本部はミサイル攻撃で壊滅していた。そしてダァナ市の西部の運河を渡る橋は、二本のうちの一本が崩落していた。残された橋は車がゆっくりと渋滞したまま進んでいたが、徒歩で街を脱出する人も増えている。それは車の通行を阻害してもいた。

 最初の空爆から二日後、メリダ国防軍第十一旅団がダァナ市に入った。それは西から戦線を支えるために来たのではなく、東の戦場から撤退してきたのだった。

 第十一旅団はダァナ市を死守するような姿勢をとったが、リューゼル連邦軍はダァナ市の東に陣を敷き、程なくダァナ市を完全に包囲した。

 悪い予想は現実になった。

 運河を越える橋には乗用車が乗り捨てられ、その橋のこちらと向こうでメリダ国防軍とリューゼス連邦軍が睨みあうことになった。すでに民間人の姿は見られない。

 もはやダァナ市から逃げ出す術は失われた。

 僕はダァナ市にとどまり、役人として軍の元で働くことになった。市庁舎職員の生き残りは、ほとんど全員がそのまま軍の指揮下に入っていた。

 僕が国防軍第十一旅団の将校と対面したのは、リューゼス連邦による宣戦布告の十五日後だった。

 メリダ国防軍は敗退を続け、国土の東部はほとんどがリューゼス連邦の実質的な占領下に置かれていた。



(続く)

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