第4話 アンバーの正体②
「驚いたわ。そんな魔法初めて見た」
「発想次第だからそれなりに使える人はいると思うけどね。ただ有用性が低すぎて使う場面が滅多に訪れない」
「うちの師匠、使えない魔法の開発が趣味なんです」
「違う、僕の趣味は宴会芸の練習だ」
「それはそれでどうなのかしら……」
僕の趣味はともかくとして、声の細工は比較的容易である為、声の特徴から人物を特定しようとするのはやめておいた方がいいというのが僕の考え。
やろうと思えば僕も男の声を出せるし、なんなら動物の声だって再現できるのだから推理のヒントにするだけ無駄という訳だ。
「話を戻そう。アンバーの発言である『私の正体を当ててみなさい! それが貴方へ本当の依頼を話す条件だわ!!』の後半部分の考察に移る」
今ある情報はあまりにも少ない。ここから答えに至るためには明かされている情報を最大限活用する必要がある。
「『それが貴方へ本当の依頼を話す条件だわ!!』という発言。これだけ聞けば、僕の推理力を認めたら本題を話してやる、そう述べているだけのようにも聞こえる」
「アタシもそうにしか思えませんけど……他にもなにか意味があるのですか師匠?」
「うん、たぶんね。アンバーという名前は自己紹介で仮名として名乗っただけに過ぎないというのはルカも覚えていると思う。そしてその後こうも言ったのを覚えているかな?」
『訳あって本名を気軽に名乗れないの』と。
「これまでもうちにはそういったお客さんが何人かいたから、それ自体はなにもおかしくは無いんだ。でもその後のアンバーの対応に違和感がある」
「違和感って……別に変な事私言ってないわよ? ね、リルリカちゃん?」
「え、あっ、いえ、アタシは師匠一筋なので……」
「んなもん聞いてないわよ」
我ながらどうして重度の人見知りであるルカにここまで懐かれたか不思議だ。やっぱ顔か? 顔が良いから懐かれたのか? 照れるな。
「普通名前を隠す人ってのは最後までそれを隠し通そうとするものだ。でもアンバーは違う。何故なら自身の正体を当てて推理力を証明してみせろと言ったんだからね。その上、気前よくヒントすら出すつもりだときた」
「なるほど、確かに変ですね。師匠を認めた結果、正体を明かすならまだ分からなくもありません。しかし、これでは師匠が期待外れのアホ野郎だったとしても必然的にアタシと師匠はアンバーさんの正体に近付いてしまう」
本名を気軽に名乗れないのに、僕達が自力でそこに辿り着くのは構わない。これではまるで――――
「まるで自分の正体に辿り着いて欲しいみたいだよね」
「――ッ!」
息を呑んだように驚くアンバー。だがこれだけで僕の推理は終わらない。
「そうなると『それが貴方へ本当の依頼を話す条件だわ!!』だという台詞にも別の意味が見出せる。アンバーは僕を試すとは言ったが、正直な所、僕らが自力で正体に辿り着く――それこそ、君が依頼内容を口に出す為の条件なんじゃないか?」
依頼を話す条件というのはなにも僕達に向けてのみ語られた話ではなく、何者かの上位者がアンバーに課したルールをクリアする為の条件でもある可能性が浮上するのだ。
「さらに深く考察していこう。何故探偵へ依頼内容を口にするだけでそんな面倒な条件を課されているか。それは恐らく依頼内容それ自体がアンバーの正体に直結する内容だからだ」
正体を隠したまま依頼内容を口にするという選択が取れず、かと言って自身から全てを明かすという選択も取れていない現状から察するに、アンバーが何者かのに上位者から与えられている条件は、十中八九"自分から正体を明かすな"という類のもの。しかしそれに直結するであろう依頼内容自体を口にする事は縛られていない。
どうにもちぐはぐな印象を受けてならない。
「アンバーの正体は僕達も知る人物。さらにアンバーにルールを課せるような上位者の存在が確認できる。……が、アンバー自身に課せられた枷があまりに不完全であり、どこかちぐはぐな点からその上下関係は絶対的なモノではない」
するとここで、ルカが人差し指でちょんちょんと肩を叩いてくる。
「でも師匠。普通社会生活を送っていたら絶対的じゃない上下関係だって言動への制限だってあって当然ですよ。引き篭もりの師匠にだって一応、業務上知りえた情報の守秘義務くらいあります」
「ふっ、僕は家から外に出ない上、人付き合いもしないから制限なんてあってないようなものだ。ざまぁみろ守秘義務」
「守秘義務に喧嘩売ってどうするんですか。……もう! ほんっとに師匠ったらアタシ以上のダメ人間♪」
「なんで嬉しそうなんだよ! まさか自分より下を見付けて喜んでるんじゃあるまいね!? 君も僕と同レベルだからね!?」
くっ、この人見知り不登校優等生め。テストの時だけ学校に行って単位取るとか卑怯だぞ! 僕も学生時代そうすれば良かった!!
ふとアンバーの様子を見ると真剣そうな顔をして黙り込んでいる。
流石に推理が冗長過ぎたかもしれない。無駄話はやめて結論を急ごう。
「二つ目。アンバーは僕のママに会ってここを紹介された」
「師匠のお母様ですか? 何故そのような結論に?」
「身長が伸びない事を嘆いた僕が『遺伝かな』と言ったらアンバーは『ウェルト殿もすぐ大きくなりますよ』と答えたよね。"も"って言い回しは僕と同じ遺伝を持ちながら背の高い何者かに既に会っている事の現れだ。この世界で僕と血の繋がりがあるのはママだけ。そしてママはかなり背が高い」
ここ数年は会っていないが、ママの身長は確か百七十八センチだったはず。そんなママに一足先に会っていたのならそういう発言が出て来るのも頷ける。
惜しむらくはママから僕の年齢を聞いていなかった事だろうか。一般的な成長期なんぞとうの昔に過ぎ去っている僕の歳を知っていたなら、すぐ大きくなりますよなんて残酷な台詞は口が裂けても言えないだろう。
い、いや僕は常人とはデキが違うからきっと成長期だって普通じゃないよね? これからグングン大きくなるんだよね? 信じてるよ神様!
「もしかして
「あぁー……癖なんだよ。なんとなく知らない人がいたら情報を探りたくなる」
「探偵じゃなかったらストーカーになってそうですよね師匠って」
「いやどっちにしろ引き篭もりだからそれはない」
「流石です師匠。というか、そもそも師匠は誰かを追い回す暇があったら昼寝するか宴会芸の特訓しますよね」
「まぁね!」
アッハッハッハッハ!
僕とルカ二人の快活な笑い声が部屋中に響き渡る。
「探偵以前に人として終わってるわね……笑い事じゃないでしょ」
情報を探りたくなるというのも、なにもその人自身に興味を示してだとかそういう訳ではない。
なんとなく知らない人間が視界に入っていると警戒したくなるのだ。警戒して少しでも情報を集めたくなる。一種の防衛本能みたいなものなのかな。
現に今も目の前のアンバーにいつ襲い掛かれてもいいよう、警戒は一切緩めず即座に魔法を放てる態勢を維持していた。
「僕のママは三年前から大陸横断旅行中でね。ここ二年くらいは帝国に帰って来てもいない。つまりアンバーは他国でママと会っている」
「へぇ、どうりでお母様とお会いした事が無いと思いました。師匠の弟子なのに。師匠の一番弟子なのに! 師匠の一番弟子で同棲相手なのに!!」
「え、貴方達ってそういう関係……?」
「そういう関係じゃないから。ルカも訳分からない誤解を与えて状況を混乱させないで」
はーいと、分かってんだか分かってないんだか怪しい返事をしたルカは僕と背中合わせになって体を休める。
くっ、身長差がある故に体重差も大きくて苦しい。押し負けてしまいそうだ。
しかしここで僕が前屈姿勢よろしく、ルカの力に負けて上体をペターっと前に倒せば師匠としての威厳が損なわれてしまうのは確実。身長と胸で大きく負けていても威厳くらいは保っていたい。否、保たねばならぬ。
一生懸命身体に力を入れて踏ん張りながらも話を続ける。
「ママは昔から僕が大好きでね。信頼の置けない人に僕の話を決してしたりはしないんだ。特に住所なんてもっての外さ」
「……師匠。それは本当に愛されてるが故の口の堅さなんですよね? 決して引き篭もりの娘の存在を他人に知られるのが恥ずかしいが故の口の堅さじゃありませんよね?」
「……? 当然だよ。僕ほど愛されて育てられた子供はそうはいないだろうね」
変な事を言うルカだ。ママが僕に対して恥ずかしいだなんて感情を抱く訳が無い。
「つまりだ。アンバーは国外の地でママから娘の情報を教えられるほど全幅の信頼を得た」
さらに付け加える。
「それに昔からママは酷い飽き性……というか興味がすぐ他に他にと移り変わる人でね。旅行中、同じ場所に三日と留まるような人じゃない。そんな極めて短期間という条件下でここまでの信頼を勝ち取ったのだから、アンバーはとんでもない人たらしか……あるいはアンバーの正体そのものに信頼が保証されていたのかも」
とは言うものの、前者の人たらし説は限りなく薄い線だと言えるだろう。だってそんな人間が生まれてから一人も友達いないとかありえないし。
ならば信頼の根拠はアンバーの社会的地位か、血筋や家柄か。
なんにせよ、ママはたった数日でアンバーになら娘の僕を紹介しても良いとの確信を得たのだ。
「お母様が旅行に出る前からアンバーさんがお母様と仲良かった可能性は?」
「ゼロに近いね。そんなに信頼してる人ならどこかでママが話題に上げるはずだし、そもそも僕が探偵業を始めたのはママが旅行に出てからだ」
「旅行前からの知り合いなら色々辻褄が合わない訳ですね」
ママが旅行に出掛ける以前はママの仕事を手伝う事で引き篭もり費用とその他諸々を捻出していた僕。しかしママが旅行に行ってしまって以降はその収入が激減してしまった。そういう理由から生きる為に渋々始めたのがこの探偵業だったりする。
「三つ目。アンバーという仮名」
「え、それもなにかあるんですか師匠?」
「あぁ、これは最初に言っていたヒントのつもりだったんだろうね。アンバーとは琥珀を意味する。この琥珀がアンバーの正体を手繰り寄せる最大の鍵となるんだ」
「……年中引き篭もっているアタシや師匠も認知している人物で、絶対的では無いものの上位者がいてなんらかの制約に縛られている。そして師匠のお母様からは短期間で絶大な信頼を勝ち取った。アンバー……琥珀……」
珍しくうんうんと悩み続けるルカを放って眺めているのもまた一興だが、今日は依頼の本題とやらも聞かなきゃならない。仕方がないのでヒントをもう一つ追加するとしょう。
「アンバーはね、この部屋に入ってから実はまだ一度も隙を見せていない。今、僕とルカが同時に魔法を放ったとしても彼女には簡単に防がれてしまうだろう。僕の得意な肉弾戦に持ち込んでも……感覚で分かる。アンバーの方が強い」
「――ッ!? し、師匠の得意分野が魔法じゃないってのも初耳ですが……それでも、アンバーさんの方が強いんですか?」
「強いね、間違いない」
ここにきてアンバーは『へぇ~』と呟くなり、初めて眼光を鋭くした。
推理という門外漢の話題から自分のテリトリーである戦闘に話が転んだことで興味が俄然湧いたのかもしれない。
頼むから『そんなに疑うなら証明してやろう』とか言って暴れ始めないでおくれよ。ここの大家さんは部屋を壊すとうるさいんだ。
「私はそんなに差があるように感じないけどね。十回やったら三回は負けるんじゃないかしら」
「素手で――という条件付きなら、だよね?」
「正解。流石ね名探偵さん」
これは勘だが、アンバーの一番の得意分野は剣なんじゃなかろうか。
剣士というのは総じて手にマメやタコを作っているのが相場だ。それを見られたくないがためにわざわざ手袋を着けているというのは十二分に考えられる。
加えて、彼女にとっても無意識の事だろう。アンバーは座りながらも時折左手が腰付近のなにかを触ろうと動かしていた。恐らく本来は左側に剣を差しているのだ。
緊張すると無意識に髪を触ってしまう人、手遊びをしてしまう人など世の中には様々なタイプの人間がいるが、彼女の場合はきっと剣の
「……師匠、アタシにもアンバーさんの正体が分かりました。ですがこれは――」
そう、これは本来であればうちのような細々と営んでいる探偵事務所の枠にハマるような依頼人でもなければ――恐らく――仕事内容でもない。
最低限の収入だけ稼いで、あとはぐうたらして寝る。
【無駄なく無駄をする】そんな信条を持つ僕にとって手に余る一件だ。
……いやハッキリ言おう。超めんどくさい。
だって厄介事は目に見えてるじゃん。ここまでやって実は飼い猫を探してとか浮気調査してとかそんな依頼な訳がないし。
ちくしょう本来ならなにかしら理由付けて絶対断る案件なのに今回ばかりはマジで金が無い。他に稼げる当てもないしやるしかないのか……。
あぁマミー、どうしてこんな面倒事をこっちに押し付けちゃったの? 僕への愛はどこへ行ってしまったの? 久し振りにお小遣い欲しいよぉ。
「どうやら答えが出たようね。それじゃあ聞かせてちょうだい。推理で導き出した私の正体を」
答えたくない。答えたら絶対面倒事に巻き込まれる。
でも探偵の
「アンバー、君の正体は――――」
仕方ない。快適な引き篭もり生活を続ける為にはここで客を逃すわけにはいかないのだ。
僕は大きく息を吐いて告げる。
「セレナ・ヴァーンシュタイン、当代の勇者だ」
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