第3話 アンバーの正体①
「ふむ、正体を当てろ――ね」
「勿論ヒントはあげる。ただしヒントの数に応じて貴方への評価は下がっていくと思いなさいよ」
「ふ、ふーん、アタシの師匠を舐めないでください。師匠ならこのくらいノーヒントで当ててみせますから」
そう言うなり再び僕の背中に隠れるルカ。
いや、まだなにも考えていないのに勝手にノーヒント縛りを追加しようとしないで欲しい。こっちは生活とメイドが懸かってるんだぞ。
「あらそう? なら最初のヒントはニアがギブアップしてからにするわ。いくらなんでもなんの手掛かりもなしに答えへ辿り着くのは不可能だと思うけど」
「師匠、あの不審者をギャフンと言わせてやってください。ボロ屋に住んでる上にちっちゃくて胸も無いからって師匠の事を甘く見てます(小声)」
「あぁうん、一番師匠を舐めてるのは君だね。今日の晩御飯のモヤシ丼、モヤシ抜きにしてやろうか?」
ルカの顔が僕の背中に当たる。そして『それはいやだ~』とばかりに顔を左右に揺らして
……むずがゆい。
どうやらモヤシ抜きモヤシ丼はよっぽどで嫌らしい。
仕方ない、僕もいい加減肉を思いっきり食らいたいと思っていた所だ。ちょっと本気で推理して今日の晩御飯は豪勢にするとしよう。
僕は今までのぐうたら引き篭もりモードから仕事モードへ久し振りにスイッチを切り替える。
自身の腰付近まで長く伸びた黒髪を後ろで一つに結んでポニーテールに。これが僕なりの気持ちの切り替え方だ。
「よし、じゃあ推理を始めようか」
「ええ。お手並み拝見させてもらうわね」
僕は人差し指を立てて滔々と語り出す。
「一つ目。アンバーは『私の正体を当ててみなさい! それが貴方へ本当の依頼を話す条件だわ!!』と、こう言った」
「そうね、間違いないわ」
「分解して考えよう。まず前半部分の『私の正体を当ててみなさい!』。この発言からアンバーは僕やルカに認知されている人物という事が分かる」
少し過程を飛ばし過ぎたのか、これを聞いたアンバーが不思議そうに首を傾げる。なにも言わない所を見るにルカはちゃんと理解していそう。
「だってそうだろう? 正体を当てろという問題が出て、僕達が知りもしない人物が答えである訳が無い。例えば君の正体が三丁目の肉屋のおじさんの姪っ子であるとして、そんな人物と会った事が無ければ話に聞いた事も無い僕らはどうやって正解に辿り着く?」
「……確かにそんなのは推理しようがないわね」
「その上、今回のクイズの目的は師匠の推理力を見る事にあります。つまり論理的思考から答えに至れないのであれば目的が果たせません。ならば嫌がらせ目的のような無理難題な答えの線は薄い。既に我々が認知している人物と考えて間違いないでしょう」
言う事を言うなりまた顔を引っ込めるルカ。当然これまで一度だってアンバーの目を見て話していない。
この女子高生、人見知りが激しすぎてヤバい。このままでは生粋の引き篭もりサラブレッド一直線だ、やったね!
気を取り直して推理を続ける。
「ただし一言に認知といってもその幅は広い。単に名前だけ知っているものから、顔見知り、知人、友人、家族の線だって考えられるだろう」
「ふーん? でも私の声に聞き覚えがないのなら友人や家族の線は捨てられるんじゃない?」
「所詮声なんてものは空気の振動に過ぎないからね。魔法や魔道具を使えば簡単に誤魔化せるよ。ほら、こんな風に」
そう言って僕は数多ある宴会芸の一つをアンバーに披露する。
巷で人気のアイドル曲を踊りながら歌うのだ。当然声はアイドルのものをそのままコピーしている。
恐らく視覚情報さえなかったら熱狂的ファンですら本物と見紛うような、そんなクオリティの宴会芸だ。流石は僕。
「アタシだって出来ますよ師匠」
あー、あー、あー。こほん。
喉の調子を整えたルカは一体誰の声色を真似るのか。
「ルカ、今日は焼肉だよ。好きなだけお食べ」
「今日も可愛いよルカ。僕のたくわんをあげよう」
「大家さんにリンゴジュースを貰ったんだ。ルカに全部あげよう」
そこにあったのは紛うことなき僕の真似であった。そして全部食べ物関連。
ルカは頬に手を当て、妙にくねくねしながら本来の声色で言う。
「はぁ……師匠に愛され過ぎて辛いです」
「僕は君のその食い意地が怖いよ……」
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