第14話 塾講師の正体

「は、はくあ。どうして!」


『どうしても何も、愛理がこの男の言うことを聞いて、時間売買を止めたらいけないと思って』


「なぜ、お前が、ここに」


『ああ、そうか。お前は……。僕はこの子が気に入ったんだ。だから、この子の時間売買を止めないでくれるかな。それに、彼女には時間売買をする理由がある』


 愛理は突然現れた白亜が、塾の他の生徒にばれないかと辺りを見渡してひやひやした。白亜と田辺が話している間に衝立はあるが、先ほどの煙に気付かれたら怪しまれてしまう。


「あ、あれ?」


 どうにも様子がおかしい。田辺と話すのに夢中で気づかなかったが、周りが妙に静かだった。さらに、時計を確認しておかしな点を発見する。


「時計の秒針が動いていない。あれ、でもさっきまでは動いていた気が。もしかして、じ、時間が」


『ようやく気付いたのか』


「お前が止めようとしても、オレは時間売買をする彼女を止める!」


「わ、わたしはやめませんよ!私には、時間売買する理由があります。それは……」


 どうして、時間が止まっているのに、自分たち三人が動いているのか、田辺が白亜という謎の存在をあっさりと受け入れているのか。白亜が突然現れた理由など、わからないことだらけだった。しかし、愛理はひとまず、自分が時間売買をする理由を話すことにした。



 時間売買を始めた理由を話し終えると、田辺は愛理を出来の悪い子を見るような哀れみの目で見つめる。そして、深いため息までつきながら、愛理の時間売買を否定する。


「手っ取り早くお金を稼ぐ方法として、確かに時間売買は都合がいい。でも、考えてみてください。お金をもらう代わりに、差し出すのは自分の寿命。自分の寿命を削ってまでお金を稼ぐ必要があるとは思えませんが。他にもお金を稼ぐ方法はいくらでもあります」


「先生にはわからないかもしれません。私はこの方法がいいんです。だって、自分の寿命を差し出すだけで大金がもらえる。それに、私には時間があっても仕方ない。だって……」


 愛理は田辺に時間売買をする理由をお金目当てだと話した。お金があるに越したことはない。愛理の家は貧乏ではないが、特別裕福というわけではない。お金が欲しいと言っても、別に怪しまれることはない。


 しかし、本当の理由は別にあった。愛理にとって、時間はいらないものだった。退屈な毎日を過ごすことに嫌気がさしていた。そこに、妹の美夏の記憶喪失。自分が生きている意味を見出せなくなってしまった。そこで思いついたのが、時間売買だ。自殺をしたら、さすがに両親にも迷惑をかけるし、学校にも迷惑がかかる。


 その点、時間売買なら、少しずつ時間が減っていき、適当なところで死ぬことが可能だ。自然に寿命が尽きて人生を終わらせることができる。



『そこまでにしておいた方がいいよ。愛理を追い詰めるのはほどほどにしな。あんたは他人の時間が視えるようだけど、それ以上にもっと愛理のことをよく見てみるといい。彼女は特別な人間だ。そうだろう?」


 愛理と田辺の話を遮ったのは白亜だった。白亜の言葉に従い、田辺は愛理のことを視る。彼の家は代々、時間売買に携わっていた。一族の中には、時間売買の商売をするために必要な能力を備えた子供が生まれることがほとんどであり、田辺も能力を受け継いだ子供の一人だった。兄の大夢と二人で、将来の時間売買を担う人物として、一族の中で期待されていた。


 兄、大夢の能力は時間を移すこと、弟のまことは相手の時間を正確に読むことができる能力だった。


「な、こ、これは、しかし、このような人間が現代に存在するはずは」


『存在するから、僕がいるんだ。運のいいことに、彼女の母親が清めの塩を子供に渡していた。さすがに僕も彼女の力だけではこの世に留まってはいられないから。親子ともに感謝しなくては』



「愛理。まだ話は終わらないの?十分だけというから、待っているけど、まだかかりそうなの?」


「おや、時間切れですか。もっとあなたとは詳しく話をしたかったのですが、仕方ありません。とりあえず、今日はここまでにしましょう」


 愛理の母親の声が衝立越しに響いた。それと同時に、辺りの音も聞こえ始めた。田辺はイスから立ち上がり、愛理に帰る支度をするよう指示した。そして、最後に自分自身の考えを愛理に伝える。白亜はいつの間にか姿を消していた。


「愛理さん、あなたの能力を知ってもなお、私はあなたに時間売買して欲しくない。私は、子供に、いや、全人類に時間売買を辞めて欲しいと思っています。それだけは覚えておいてください」



「すいません。思いのほか、愛理さんと話が盛り上がってしまって。悩みを聞くこともできましたし、愛理さんも元気になったみたいなので、今後も様子を見ていきます」


「ありがとうございます。家でもまだふさぎ込んでいることがあるので、先生に心配してもらえるなら、この子も安心です」


「先生、さようなら」


「はい、さようなら」


 愛理は、田辺に挨拶をして塾を出た。母親と美夏も塾を出て、三人は母親が乗ってきた車に乗り込んだ。 

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