第11話 需要と供給

 次の日、愛理はさっそく時間師の男、百乃木に電話することにした。昨日の話を一晩考えた結果、男の元で時間を売ろうと決心した。未成年が時間を売ることは違法になるのだが、それでも、愛理は時間を売ることにたいした抵抗はなかった。


 ちょうど、今日は土曜日で学校は休みだった。会社も休みで、休みの日に電話したら失礼かとは思いながらも、名刺に書かれた番号を部屋に持ち込んだ子機に入力する。休みの日で、電話がつながらないと心配していたが、それは杞憂に終わった。


「もしもし」


 発信音が消えた後、数秒の間。電話の向こうからは何も音が聞こえなかった。電話はつながっているのに不審に思いつつも、相手に声をかける。


「ああ、あなたでしたか。朱鷺愛理さん。百乃木です。時間売買の件、了承していただけたということでしょうか」


「えっと……」


 電話に出た百乃木は、愛理にすぐに核心に迫る質問をする。いきなりの質問に愛理は戸惑ってしまう。


「いきなり本題に入ってしまってすいません。戸惑っていますね。幸い、今日は土曜日で学校はお休みのようですから、今から少し、二人きりで話しませんか」


 百乃木は愛理に待ち合わせ場所を告げて、電話を切ってしまった。あっけなく切れた電話を呆然と見ていた愛理だが、慌てて我に返ると、急いで出かける支度を始めた。



『愛理って、見ていて不安だなあ。仕方ない、すでに愛理のことを助けてしまったし、姿も見せてしまったからね。愛理と関わってしまったから、最期まで面倒見るとしますか』


 出かける支度をする愛理のそばでは、独り言のようにぶつぶつとつぶやく白亜の姿があった。愛理のベッドの上で座り込み、愛理の電話の様子を観察していた。


「白亜は私が時間売買をすることに反対なの?」


 出かける準備ができた愛理が白亜に声をかける。


『別に僕は人間ではないから、法律うんぬんの理由で愛理を止めはしないよ。でも、時間売買はただ人間同士の時間を移動させるだけじゃないからね。当然、副作用もあるから、それが少し心配なんだ』


「それって、やばいのかな」


『たぶん、愛理なら大丈夫だと思うよ。それに、僕もついているから、心配はしなくていい。そんなことより、早く家を出ないと、待ち合わせ時間に遅れるよ』


 白亜の言葉に、愛理は壁にかけられた時計を確認する。まだ待ち合わせ時間までは時間があったのに、白亜はまるで、その話題をしたくないかのように愛理を急かし、時間売買の副作用について詳しく聞くことはできなかった。



「お待たせいたしました」


 待ち合わせ場所は、愛理と男が最初に出会った公園だった。すでに男と会う場所として定着している公園に愛理が到着すると、そこにはすでに百乃木の姿があった。百乃木は、公園のベンチに座っていた。その隣には、愛理の知らない老人も座っていた。二人は何やら親し気に話してはいたが、二人の関係性はわからず、愛理は二人に声を掛けられずにいた。


「おや、来ましたか。宇治(うじ)さん、こちらが先ほど説明していた契約者になります」


「おや、こんなに若い子が私に時間をくれるというのかい。世の中、かわったものだねえ」


 愛理が百乃木に話しかけようかどうか迷っていると、百乃木が愛理に気付き、ベンチから立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。隣の老人も同字ようにベンチから立ち上がって、こちらに向かってくる。


「では、ここではゆっくりと話ができませんので、落ち着ける場所に移動しましょうか」


 愛理と老人は、百乃木の後に続き、歩き出す。公園の隅には車が一台止められていた。そこに百乃木が乗り込み、二人も乗るように促す。車は愛理には見慣れたものだった。中には、いつもと同じように運転手らしき男性が中で待機していた。


「いつものカフェに向かってくれ」


「かしこまりました」


 百乃木の運転で案内されたのは、小さなカフェだった。駐車場がないほどこじんまりとした場所であったが、店の裏に無理やり車を止め、百乃木は迷うことなく、カフェの扉を開ける。カランと扉につけられた鈴の音が鳴り、カフェに来訪者が来たことを告げる。


「まだ開店前なんだけどね」


「時間売買のお客さんだよ」


「そうかい。休日返上でご苦労なこった」


 店内にいたのは、このカフェのマスターらしき、年齢不詳の男性が一人、モップをかけている女性が一人だけだった。百乃木は男性に話しかけると、許可も得ずに、奥にある席に愛理と老人を案内する。その様子をとがめることなく、二人は店の開店準備を続けていた。


「さあさあ、では時間の売買に携わる者として、時間は本当の意味で金なりなのです。すでに朱鷺さんも説明は聞いて、覚悟はできているようですし、宇治さんからもお金の話はしています」


 店の許可も得ず、空いている席に座るように指示をした百乃木に、座ってもいいのかと愛理は迷っていたが、老人はすでに席にどっかりと腰を下ろした。よく見ると、老人はかなりの高齢に見えた。


 と百乃木はカフェのマスターらしき人を手招きして呼び寄せる。男性はコップを磨く手をとめ、愛理たちのいる席にやってきた。


「まったく、連絡一つよこすぐらいのことはしてくれよ。こっちにだって予定があるんだから」


 ぶつぶつ文句をいいつつ、男は何やら奥の扉の向こうに一度消え、もう一度戻ってきたときには、一枚の紙を持っていた。


「説明はうけているみたいだから、オレからは簡単に。オレは安定師(あんていし)の安田だ。向こうにいる子が時読み師(ときよみし)の神田さん。これからお前たちの時間を売買するための手助けをすることになっている」


 どうやら、このカフェの店員は時間売買をするために必要な三人の能力者のうちの二人だそうだ。


 いよいよ、愛理が時間売買するときがやってきた。


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