27

 喫茶店の最寄りで電車を降りて、改札を抜け、商店街へ入る。その間ずっと、脚がぎくしゃくして上手く歩けない感じだったのに、商店街を半ばまで過ぎて、喫茶店のオレンジ色の灯りを見たとたん、脚の硬直は魔法みたいに溶けた。やっぱり俺は、慎一郎さんに会いたかったのだ。とても。

 するすると動き出した両脚で、小走りみたいに喫茶店へ歩み寄り、そのままの勢いで一気に重い木材のドアを開けた。ドアベルが高い音を立てて、慎一郎さんと、中にいたひとりのお客さんが、弾かれたように俺を見た。俺は我に返って慌て、その場に立ち尽くした。さっきまでの魔法みたいな勢いが、一気にどこかに行ってしまっていた。

 しばらく、無言の間が開いた。テーブル席のお客さんはすぐに俺から目をそらしたけれど、慎一郎さんはじっと俺を見ていた。俺も、慎一郎さんを見返した。それは、内心でびくびくしながら。

 「……どうぞ。」

 ごく低い、いつもの喫茶店オーナーの口調で言いながら、慎一郎さんがカウンターの一番端の席に俺を招いた。俺がいつも座る席だった。俺はまだびくびくしながら、その席に音をたてないように慎重に座った。大きな音を立てたら、なにもかもがこの場から消え失せてしまうような、変な感じがしていた。

 「珈琲で、よろしいですか?」

 「……はい。」

 慎一郎さんの声は聞きなれた端正な抑揚をしていて、俺がこの人を抱いたなんて、願望から出てきたただの夢だったような、そんな気さえしてきた。

 俺は、どうしてこんなに間抜けなのだろう。今更ここに戻って来るなんて、慎一郎さんだって、きっと望んでいない。

 間をおかず静かに俺の前に置かれた白いカップの珈琲に口をつけ、なんとか気持ちを落ち着けようとする。

 確かに俺は間抜けだけれど、ここに戻ってきたのは翔真の助言に従ってのことだ。俺は、翔真の言葉を信用していた。それは、自分自身などよりはるかに。

 俺が珈琲を半分飲み終わる頃に、ひとりいたお客さんが会計を済ませて店を出て行った。俺は、どう話を切り出していいのかどころか、なにを自分が話したいのかも分からないで、珈琲カップを両手に包んで身を硬くしていた。帰ってください。そう言われる可能性だって、十分にある。

 お客さんが残していったカップを手にカウンターの中に戻った慎一郎さんは、それを洗いもせずに、とん、と頭上の棚に置くと、音もなくその場にしゃがみ込んだ。はじめ俺は、慎一郎さんがなにか物を落としたのかと思ったけれど、彼はなかなか立ち上がらない。もしかして、身体の調子でも悪いのか。はっとして立ちあがりかけたところで、慎一郎さんのひどく憔悴したような声が聞こえた。

 「珈琲なら後で淹れ直すから、こっちに来て。」

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