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 「引っ越したんでしょ? 職場の近く? ほら、行くよ。」

 翔真がぽんぽん言って、俺の手首を引っ張って駅の方へ歩き出した。俺は毒気を抜かれてしまって、あたふたしながら翔真に引っ張られるまま電車に乗った。翔真は一つだけ開いていた座席にするりと腰を下し、俺は渋々翔真の前の立った。

 「こんな時間まで残業してたんでしょ? 俺と喧嘩したときもいつもそうだったし。ほんと、馬鹿みたい。言いたいことがあるなら言いに行けばいいのに、あんなとこに突っ立って。慎一郎さん、気が付いてるよ。」

 「え?」

 「気が付かないわけないでしょ。ああやってずっと店を見てる不審者がいたら、通りかかった客が不審に思って慎一郎さんに話すでしょ、普通。」

 「え、……ほんとに?」

 「本当。」

 やや長めの猫っ毛を耳にかけ、翔真は呆れたみたいに俺を見上げて苦笑した。

 「気が付いてほしくてやってるわけじゃないのは分かってたけど、あんた、ほんと間抜け。」 

 「……。」

 なにも、言えなかった。本当に、自分が間抜けすぎて。慎一郎さんは、俺に気が付いて、どう思っただろうか。一度情をかけて身体を与えた相手が、未練がましく店を見つめている。幻滅も、いいところだろう。そもそも、幻滅できるほど見込まれてもいないだろうけれど。

 黙り込んだ俺を、翔真はよく光る猫目でじっと見上げていた。そして、艶やかな唇をさらりと開く。

 「被害者ぶるなって俺が言ったから、今度は加害者ぶってみてるわけ?」

 俺は翔真の言う意味が分からず、真っ直ぐに目を見返すことすらできず、口をつぐんで身を硬くしていた。傷つくのが怖かった。こういう目をした翔真は、容赦をしないと知っていた。

 「自分が全部悪いです、だから身を引いてなにもなかったことにしますって。それ、被害者ぶってるときと大して変わらないから。なんなら、もっと悪いんじゃないの。あんたにちゃんと向き合ってくれた慎一郎さんは、急に逃げ出されてなにがなんだか分からないし、なんなら自分を責めてるよ。」

 一息に翔真がそこまで言って、俺の言ってること分かる? と、物わかりの悪い、可愛くもない子供を相手にしているときみたいに、薄い嫌悪の乗った視線を向けてきた。俺はその視線を受け、さらに深く俯くしかなかった。翔真の言う意味は、分かっていた。馬鹿な俺にだって、それくらいは分かる。でも、分からないふりをして目をそらしてきた。でも今回は、分からないふりができない台詞が混ざっていた。

 「自分を責めてるって……慎一郎さんが?」

 

 

 

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