6② ー襲来ー 

「はい。ミルクも飲もうね~」


 手渡した牛乳を飲ませてやれば、もうクッキーに釘付けだ。クッキーを頬張っているとうとうとと瞼が下がってきて、泣き疲れたのか、すぐに眠ってしまった。


「すごいですわ、セレスティーヌ様。アロイス坊ちゃんが簡単に泣き止んでしまうなんて」

「良かったわ。人形とお菓子用意しておいて。ささ、今のうちにベッドに寝かせましょう。皆さんも休んでください。大変でしたね」

「ありがとうございます。セレスティーヌ様。どうぞしばらくよろしくお願い致します」

「必要な物があったら言ってください。先程のお菓子はそこに置いておきますから、皆さんも食べてくださいね」


 余程疲れたのだろう。皆がぐったりとしている。公爵家に来るまで馬車でどれくらい掛かるかフィオナは知らないが、耳栓が欲しくなる程だったに違いない。


 とりあえずなんとかなりそうだ。フィオナが安堵しながら満足げにしていると、クラウディオが下手物でも見るような表情でフィオナを見ているのに気付いた。


 クラウディオの前でやるべきではなかったか。フィオナは素知らぬ顔をして静々と頭を下げる。


「旦那様、しばらく騒がしくなると思いますが、どうぞご寛容のほどお願い致します」

「————いえ、なにかあるようでしたら、お知らせください」


 かしこまった挨拶をすると、クラウディオは少しだけ面食らった顔を見せた。すぐにその表情を消したが、明らかに、こいつこんな挨拶するのか? の顔を向けてくる。

 やはり顔を合わせるのは危険だと、フィオナはさっさとその場を去る。後ろでどんな顔をしているか分からないが、不思議に思っているのは間違いない。


「フィオナ様、お人形とお菓子、大成功でしたね」

「上手くいって良かったです。また厨房でお菓子を作っておいた方が良さそうですね」

「旦那様もこれでセレスティーヌ様を疑うこともないでしょう」


 リディの言葉にフィオナは苦笑いをする。

 クラウディオは厨房に出入りするフィオナが彼の食事に怪しげなものを入れると疑っていたのだ。


 数日前、フィオナは厨房でシェフのポールに会い、厨房を使わせてもらうことを約束していた。

 最初厨房に訪れたいと言った時、リディはあまり良い顔をしなかった。公爵夫人が厨房に姿を現すことなどまったくと言っていい程ないからだ。

 しかし、ポールは訪れたセレスティーヌに驚きの顔を見せながらも、調理器具や材料などを見せてくれ、質問にも嫌な顔ひとつせず説明をしてくれた。セレスティーヌが厨房に興味を持つなどこれっきりだと思ったのだろう。


 人の良い顔をした少し丸い体のポールと話すうちに打ち解け、それからフィオナは厨房へ行く回数を増やしていた。今はフィオナの知っているレシピをポールに教えながら、料理やお菓子作りを行っている。リディは諦めて一緒に手伝いをしてくれていた。


 シェフのポールが知らないレシピをなぜセレスティーヌが知っているかは、書庫で見付け知ったことにしている。ポールが書庫を訪れることはないので誤魔化しきれるだろう。


 さすがに公爵家のシェフであるポールは一度作り方を教えただけでアレンジしたお菓子を作ることができた。

 そしてある日、パンとパンに付けるクリームを作り試食していたら、クラウディオがやってきたのだ。


 公爵夫人が厨房で食べ物をシェフとメイドと一緒に食べているのだから、なにか企んでいると思ったのだろう。時折、執事のモーリスが心配そうにして厨房を覗いてくるので、フィオナやリディはクラウディオの食事には一切関わっていないと何度も断言することになったが、果たしてクラウディオは信じただろうか。


(どうせ今でも警戒しているんだろうなあ。安心してほしいと言いたいわ。私はあなたに関わる気は一切ないと)


 フィオナとセレスティーヌは別人であると、はっきり言えたら良いのだが、さすがにそうはいかない。

 できることは、クラウディオと極力会わないことである。

 それが、おかしいと思われているようだが、話しておかしいと思われるよりはましだろう。


「それにしても、アロイス坊ちゃんのあやし方、とても慣れてましたね」

「ブルイエ家が援助している孤児院に、あれくらいの子供たちもいるので、その経験が役に立ちましたね」


 子供たちは元気だろうか。ブルイエ家は援助と言っても大した額は寄付していない。祖父の時代はそれなりに出していたようだが、父親はがめついので、孤児院への寄付を渋っていた。

 そのため、フィオナの体調が良い時にお菓子を作ったり人形を作ったりし、孤児院に訪れていたのだ。


 セレスティーヌの体になって、気掛かりなのはそれだけだ。元気にしていればいいのだが、フィオナがいなければお菓子の一つも贈られることはないだろう。

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