6① ー襲来ー

「フィオナ。無理をしてでも、パーティに行くんだ」

「起きるのよ、フィオナ。パーティに行かなければ」


 父親も母親も、熱を出して動けないフィオナに、パーティに出席しろと、何度も言う。


「お姉様、また体調が悪いのね。パーティに行けなくて、可哀想。でも、休んだ方がいいものね」


 妹のジネットは人の体調が悪いことを喜ぶように、わざとらしく可哀想と口にする。

 その三人の態度も言葉も慣れた。


 うるさいから、さっさと部屋から出て行ってほしい。


 パーティへの参加が決まったのに、どうして病気になるのか。両親は口々に言うが、参加してもダンスは踊れない。長時間立ち続けていることも難しい。そんな体力のないフィオナに、なんとしてでもパーティに参加しろと命じる両親にうんざりする。


 病気が長引いてほとんどベッドの上にいれば、両親は顔を見せなくなった。メイドが食事を運んでくるだけで、今日が一体何日なのか分からなくなるほどだった。

 けれど、体調が良くなって森への散歩をしたり、孤児院に出掛けたりすれば、再び両親がパーティには出られるのか聞いてくる。


 そうするとジネットは醜く見えるほど鼻の上に皺を寄せて、お姉様ばかりパーティに行くのはずるいと、怒鳴り散らした。


 面倒な両親と妹。


 体が強く、元気であれば、フィオナは家を出ただろう。だが、元気であればパーティに出席しなければならない。それが嫌だったから、ベッドで眠っている方が良かった。

 それでも、どこへ行っても体調が悪くならないように、元気であればと、いつも願っていた。





 目が覚めると、そこは天蓋のある豪華なベッドの上で、フィオナは汗を拭って起き上がった。銀縁と薄い青に統一された部屋。セレスティーヌの部屋であることに、フィオナは大きくため息をつく。


「元気でも、この体じゃね」

「セレスティーヌ様、おはようございます」


 ベッドから降りようとすると、メイドのリディが顔を洗うお湯の入った桶を運んで来てくれた。


「……、フィオナです」


 がっかり顔のリディは毎日セレスティーヌに挨拶する気だ。フィオナもそうであればと祈っているが、その祈りは未だ届いていない。


「本日はお客様がいらっしゃいますので、頑張ってくださいね」

「分かってます。何とかバレないように、気を付けますね」


 クラウディオに会わずに、慣れないセレスティーヌの体でなんとかこの生活に慣れようとしている時に、新しい風がやってくるそうだ。





「こちらが、アロイス坊ちゃんです」

 出迎えた先、馬車から現れたのは、セレスティーヌの実の姉の子、アロイスである。


「ふ、ぎゃあああああっ!!」


 耳をつんざく激しい泣き方に、皆が後退りしそうになる。

 アロイスは連れてきた乳母の抱っこを嫌がり、かといってフィオナの方に寄ってくることもせず、ただ暴れるように大きく泣き喚いた。


「いつも、これほど泣くのか……?」


 幼い子供を見たことがないのか、アロイスの怪獣のような喚き声に、クラウディオは若干辟易するような顔を見せていた。


 アロイスはまだ三歳にも満たない子供で、母親の妊娠をきっかけに幼児返りをしているそうだ。

 セレスティーヌの姉は第二子を妊娠したのだが、悪阻がひどくアロイスの相手が難しくなった。その上精神面も不安定になってきたため、アロイスを遠ざけることにしたのだ。

 母親がアロイスの泣き声を聞くだけで気鬱になってしまうとか。


「ほぎゃあああああっ!!」


 アロイスは甲高い声で泣き叫ぶ。連れてきている乳母やメイドたちの目も虚ろだ。ここに来るまで馬車の中でも大騒ぎだったのだろう。もうあやすことすらできずに、アロイスの泣き声を聞いている。

 しかも、見たことのない大人や、見知らぬ建物に入ったせいで、泣き声がさらに増す。


 クラウディオは聞いているだけで頭痛がすると頭を押さえた。セレスティーヌの姉の子であるため無下にできないのだろうが、そこまで嫌そうな顔をしてここにいなくていいだろう。


「アロイス~。これはなにかな~」


 フィオナは急遽手作りした指人形を取り出した。五本指の手袋に刺繍糸で顔と髪の毛を作った単純な物だ。それを見せたが、しかし一瞬で叩かれる。

 フィオナはめげない。孤児院の子供たちの相手をした経験もあり、指人形で子供をあやすくらいお手のものだった。


「こんにちは、アロイス~。どうして泣いているの~?」


 甲高い声色でフィオナはアロイスに話しかけた。ぐずっているアロイスは顔を背けるが、そちらに向けて再び話しかける。


「なんで泣いてるのかな~? 泣いてないで一緒に遊ぼうよ~」

「ふぐ、ふぐっ」


 アロイスは顔を擦ってフィオナを見遣った。鼻水だらけの顔に人形を近付けて話しかけてやると、少しだけ泣くのをやめる。


「お腹はすいていない? クッキーがあるよ。はい、食べてみて」


 フィオナは昨日焼いておいたクッキーを取り出した。甘く柔らかいミルククッキーだ。きっと気に入るだろう。

 割って小さくしたクッキーを指人形で口に持っていくと、匂いで甘いものと分かるのかぱくりと口に入れる。もごもごしたのを見てフィオナは勝利を確信した。

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