3① ー朝食ー

「おはようございます。セレスティーヌ様」

「……、フィオナです」


 一度眠って目が覚めたら、フィオナに戻っていないだろうか。

 そんなことを考えて眠ったが、目が覚めてもフィオナはセレスティーヌのままだった。


 がっかり顔のリディには申し訳ないが、フィオナも同じ顔をしたくなる。


 朝はセレスティーヌの夫、クラウディオと朝食を共にしなければならないので、頑張ってめかし込んで、朝食に挑む。そのため早起きしなければならず、まだ暗いうちにリディに叩き起こされた。


 セレスティーヌは朝から風呂に入り念入りに化粧をして、ドレスを選び装飾品を着け、朝食に向かう。

 そのために何時間も早く起きて用意をするのだ。起きる時間はほとんど夜である。これを毎日続けていた、その気概に感嘆する。


(だからって、食事前に香水振り掛けまくるのはどうかと思う)

 自分がものすごく甘ったるい香りに包まれているのが分かる。


 しかし、これから会う相手は、その頑張りを一切心に留めることのない、むしろ眼中にすら入れない夫、クラウディオである。


 年齢は二十一歳らしく、セレスティーヌとは一歳違いの年下らしい。フィオナは十八歳になる前なので、クラウディオの方が少しだけ上だ。


 そのクラウディオのために努力しているセレスティーヌは、相当な美女だと思うのだが、クラウディオのお眼鏡に叶わなかった。クラウディオ本人もかなりの美形なので、自分の顔を見慣れていたからそこまでの衝撃はなかったのかもしれない。


 もしフィオナの周囲でこんな規格外の美形が現れたら、女性たちの興味を一瞬で集められるだろう。

 フィオナはさっぱり興味はないが、フィオナの妹ならば飛びつくだろうな。と想像する。


 柔らかそうな肉にフォークを刺して、フィオナはそれを口に運んだ。

 ステーキ肉を食べるのは久し振りだ。普段は柔らかく煮た小さな肉や野菜スープを口にするぐらい。軽いお菓子は食べられるのだが、硬めの固形物は飲み込むのが難しいことがあった。


 そうでなくとも、朝からステーキとは、ブルイエ家では想像できない。

(おいしー。おいしすぎて、朝からたくさん食べちゃうー)


 他人の体ながら食事を美味しくいただけることに感謝したい。幸福を感じられる瞬間だな。と思いながら、目の前の男さえいなければなあ、と思い直した。


 黙々と食事をする男、セレスティーヌの夫クラウディオは、一言も発せず静かに黙って食事をしている。


 朝食は一緒にしなければならない。そんなルールを作ったのはセレスティーヌで、有事がない限りクラウディオはそれに従っているそうだ。

 朝会って何を話せば良いのかとリディに相談していたが、クラウディオは挨拶どころか目も合わせず席に着き、ただ食事をした。


 離婚ができないクラウディオは、妻を完全無視することで耐えている。


 昨日倒れた妻に何の言葉もないクラウディオは、食事を終えると一応一言口にして席を立った。


「先に失礼します」

(感じの悪さが半端ない)


 フィオナは大きくため息をつきそうになった。側に控えていたリディが見るに忍びないと視線を床に落としたが、他のメイドたちはいつものことだと澄ましている。


 一人の食事も寂しいものだが、自分のことを嫌いな人間と食事を共にするほど不毛なことはない。フィオナは美味しい食事が不味くなるのを感じた。

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