夏のまんなか、火花散る世界
桜田実里
夏のまんなか、火花散る世界
夏真っ盛り、7月下旬に差し掛かる今日この頃。
高い高い場所にある暗闇に映し出された星々が、私たちを見下ろしていた。
誰もいない、夜の公園。虫の声だけが響く。
ぺらぺらと二人静かに手持ち花火のパッケージを開ける。
"二人”といえば、私以外にもう一人いるということ。
ちらりと隣を見ると、その姿があった。
彼の名前は、
私――
といっても四つ年が離れてるから、兄弟のいない私にとって久遠くんは弟同然。
弟にしては、やっぱちょっとばかし可愛げがないけど。
でも久遠くんは、私の花火したいな~っていう何気ないつぶやきに「じゃあ俺とやる?」って言ってくれた。
優しいところもあるってことよ。
「……久遠くん、ほんとにつき合わせちゃってよかったの?」
しかし、貴重な夏休みの一晩を私との花火に使わせてもらってよかったのかな、なんて申し訳なくなってしまう。昔からの付き合いだから、あんまり気にしなくてもいいんだろうけど。
でも……久遠くんだって、中学生なわけだし? 私なんかとじゃなくて、好きな子とかとさー……まあいるかわかんないけど、やりたかったんじゃないのかなっていう考えが頭をよぎる。
え、私にそういう人? いないいない。浮ついた話なんて、私に一切縁がないからね。まあたぶん、これから先も。
久遠くんは私の質問にしばらく無言貫いてたけど、花火の開封作業が終わったあたりで口を開いた。
「……別に、俺から誘ったし」
「そっか。ありがとうね」
お礼を言うと、返事の代わりに一本花火を渡された。
「俺が火つけるから、待ってて」
「え~久遠くん、火つけれるの?」
受け取りながらちょっとからかってみると、少し不機嫌そうな顔をされてしまった。
「お前よりは、出来ると思うけど」
「う、うーん、たしかに。それは否定できない……」
まあ久遠くんは中一にしては私よりずっとしっかりしてる。
残念ながら私が火をつけると、がこんって倒したろうそくが砂だらけになる未来しか見えない……。
あ、ちなみにこの公園は22時までなら花火してもいいんだ。最近は花火禁止の公園多いから、ありがたいよね。
あっさりとライターでろうそくに火をつけ、私たちは花火の先端を近づける。
う、ちょっと熱いや。でもこれも、花火の醍醐味だ。
瞬間、先からプシューっとカラフルな輝きが放たれた。
「わ、すごい! めっちゃきれい-っ!」
「きれいだ」
私は目の前のキラキラに興奮する。
火薬のにおいも、景色も、これぞ夏って感じ。
どんどん手に取って、火をつけていく。
二人だと無くならないかもな~って思ってたけど、意外と減るものだ。
でも花火なんてほんと、何年ぶりだろうか。
昔は毎年やってたもんなあ〜。私と、久遠くんと……。
久遠くんのお兄ちゃんで、私の二つ年上の大学一年生の
大学生になってからは家を出て、もうほとんど会ってないんだ。そこまで遠くに住んでるわけじゃないんだけど。
天くんと、久遠くんと、私。その三人で遊ぶことが多かったんだ。
だから花火も……。
「おい、お前。……夏南!」
「あっ、え、なに?」
突然名前を呼ばれて、我に返る。
「花火もう消えてるぞ」
「ほんとだ、ごめん。気づかなかった」
「謝らなくてもいいけど。でも火だから、ぼーっとしてると危ないだろ」
「うんっ、そうだね!」
私は慌てたように、水の入ったバケツへ花火を放り込んだ。
ど、どうしたんだろう……急に。
「線香花火、やるか」
「え、まだちょっとそれ以外の残ってるけど……」
「線香花火を絶対最後にやらなきゃいけないルールなんてない」
「ま、まあそう、だけど……」
なんだか今日は、久遠くんのペースにのまれてる気がする。うぐっ。
私は線香花火を受け取った。
「あ、ねえ、なんか賭けようよ」
思いついたようにそう言ってみる。
漫画とかドラマであるよね、負けたほうがなにかを秘密を話すとか。
「いいけど、なににすんの」
「うーん……互いにやってほしいこと、とか?」
それなら、例えば「好きな子がいるか教えて!」とか質問できるしね。
「了解。数あるし、三回勝負ってことで」
「うん、いいよ!」
消えてしまっていたろうそくの炎を久遠くんが再びつけてくれる。
しゃがんで、二人同時に線香花火を火の上へ垂らした。
ほとんど同じくらいについて、勝負スタート。
……久遠くんにしてほしいこと、か。
なんだろう。自分で言っておいて、ちゃんと考えてなかったな。
宿題手伝って……は、無理だし。まあ好きな子のことなんて、さすがに聞けない。
「あ」
すると、隣から声が聞こえた。
見ると、火がもう消えていた。落ちちゃったんだ。
手元を見ると、私のはまだ落ちていない。
「やった! 一回戦勝ったー」
と言ったはものの、ちょっと焦る。
これ、次も勝ったらお願いしないといけないじゃん!
まだ、なにも思いついてないよっ。
「じゃあはい、次」
「あ、ありがとう!」
いつの間にか私の火も消えていたらしく、二本目を渡される。
ま、まあ勝ったときは勝ったときだよね!
そのとき考えれば大丈夫……うん!
一回目はちゃんと見れてなかったから、二回目は花火、楽しみたい。
「わあ、すごい、きれ~っ」
最初は小さな火の玉だったのに、姿を変えてパチパチと華やぐ。
ちっちゃくてかわいい。
思わず、口元がにやけてしまう。
とそのとき、どこからか視線を感じた。
ハッとしてきょろりと辺りを見回したけど、もちろん誰もいない。
久遠くんだって、自分の手元を眺めているし。
……気のせい、か。まあ、私のことを用もなく見る人なんていないだろうし。
幽霊の可能性もあるけど、そっち方面は考えない方向でよろしくです。
「あっ、落ちちゃった」
目を離した隙に、火の玉は落ちてしまった。
久遠くんは落ちてないっぽい。
「じゃあ、一対一?」
「次で決着。……夏南はさ、なんか俺にしてほしいことがあるのかよ」
「え!?」
突然聞かれてびっくり。
たしかに私が提案したから、そう思うよね。
「別に答えなくてもいいけど。もしかしたら数分後に聞けるかもだし」
「う、うん……そうだね」
ど、どどどうしよう!!
私がほんとに勝っちゃったら!
なななんかいいアイディア……っ!!
そうだ、来年も一緒に花火してほしいにしよう。
私は来年受験生だけど……一夜くらい遊んだって、大丈夫。
それに、久遠くんとまたしたいって思ったのは本当だ。
うん、決まった。
「じゃあ最終戦、スタート!」
一斉に火薬へ火がつき、二人向かい合って花火を見つめる。
———もちろん、昔三人でやった花火もすごく楽しかった。
だけど、久遠くんと二人でやる花火も楽しいんだ。
二つの思い出は比べられない。楽しいっていう気持ちがあるだけ。
私、久遠くんが誘ってくれてすごくうれしかった。
私一人じゃ、やりたいなってだけで終わっていただろうし……夜の公園なんて真っ暗で、怖くてこれない。
だけど、久遠くんがすぐ近くにいるだけで安心して……心が温かくなる。
ほんとはさ、高二の私が中一の久遠くんを安心させてあげなきゃなのに。
それに、"あのとき”ずっと隣にいてくれてたのは久遠くんだった。元気をたくさん受け取ってしまった。
いつも、もらってばかり。なにもお返しできてないなって思う。
私のお願い、来年も花火じゃなくて。久遠くんのお願いが聞きたいにしようかな。
少しでも、お礼がしたいんだ。
すると、手元が少しだけ暗くなった。
私の花火が、落ちて消えた。
「……久遠くんの、勝ち?」
「ああ」
そのあとすぐに久遠くんのも落ちる。
二人で花火をバケツに入れた。
「じゃあ、お願い! 私にしてほしいこと、なんでもいいよ!」
笑って言うと、意外にも早くレスポンスが返ってきた。
「夏南が俺にしてほしかったこと教えて。叶えるから」
「え?」
久遠くんの目はまっすぐだった。
驚いた、まさか考えていることが一緒だったなんて。
「わ、私もね、お願い、久遠くんのお願いが聞きたいだったんだ。いつもいろいろもらってばかりだから、お返しがしたいなって」
「は」
今度は、私がびっくりさせる側だった。
切れ長で大きな瞳が、さらに大きく開かれる。
「なら、俺も別の願い事にする。だから夏南も、本心の願い事をいつか教えて」
それは、来年も君と花火がしたい。ってこと。
いつか……いつか。できれば来年の夏が終わる前に言いたいなあ。
「とりあえず、もうすぐ10時になるから早く片づけるか」
「うん、そうだね!」
久遠くんの別のお願い事って何だろう、気になる。
なんでもできて、かっこいい。そんな久遠くんのお願い事だ。
バラバラになっていたゴミは袋に入れて、数本程度ある未使用の花火と分けた。
このバケツは、玄関に置いておこうかな。たしか一晩はこのままのほうがいいんだよね。
「じゃあ、帰ろっか。それとも先に、お願いごとにする?」
「なら荷物持ってから。夏南が花火とゴミで、俺がバケツ持つ」
「りょーかい、ありがとう」
帰る支度ができて久遠くんのほうを見る。
すると、私に向かって手のひらを見せてきた。
「さっきのお願い。家に着くまで、俺と手繋いどいて」
「え……うん、いい、けど」
て、手を繋ぐ?
あまりにも予想外のお願いに動揺しながら、差し出された手を握る。
少し骨ばった手の甲。あれ、こんなんだったっけ?
ちょっとどきっとして、慌てて頭をふる。
いやいやいや、四つも下の中学生男子に……犯罪だから!!
非日常な体験をして、頭がおかしくなってるのかもしれない。
薄暗い夜道を、私たちは歩き始めた。
どうしよう。話題が出てこないっ。
いや話題というか、なんか、いつも久遠くんとどう話してたっけ……。
って、思っていたら。久遠くんが口を開いた。
「お前、あのとき天のこと考えてたんでしょ」
「な、えっ」
「分かりやすいわ」
目を細めて遠くを眺めながら言った。
少し震えている声。
私は昔、といっても中学生のころまでだけど。彼の兄である天くんのことが好きだった。
いつも優しくて、頼りがいがあって。両親が仕事で遅くまで帰ってこなくて寂しかったときは、一緒にご飯を食べて、たくさん笑わせてくれた。
ずっと好きだった……けど、高校2年のときに天くんに彼女ができたんだ。
想い、伝えとけばよかったな……って思った。
でも、私じゃだめなんだろうなって分かっていた。
天くんは優しい。そんな天くんが選んだ人だから、天くんにとってとても大切で唯一無二で、きっと同じくらい優しい人。
中学三年の春にわかったことだった。ほんとは天くんと同じ学校を目指していたけど、止めた。
天くんと彼女さんが幸せそうなところを見たくないと思ったのも本当。だけどそれ以上に、素直に祝福できない自分が醜くて嫌だったんだ。
私は別の高校を選んで、そんな自分から逃げた。目をそらした。
嫌いだ、私は私のことが。
こんな私なんか、誰かを好きになる資格なんてない。私は、誰かに好きになってもらう資格がない。
久遠くんは、私が泣いている理由を聞かずにたわいもない話で元気づけてくれた。悲しくなってしまったときは、私を引っ張ってくれた。
ほんと、あのことについてありがとうと申し訳ないがうずまいている。
天くんのことは3年も経って、会わなくなって……気持ちは薄れたような気がする。多分今は、人として好き。そう思えているのは、久遠くんのおかげだ。
角を曲がると、私たちが住むマンションが見えた。
「花火、一緒にやってくれてありがとうね」
「……ああ」
お礼を言うと、小さな返事が返ってくる。
私のわがままに付き合ってくれるくらい、優しい。
いつかそんな久遠くんにも、大切にし合えるような人が現れてくれるといいな。天くんみたいに。
久遠くんがそれを望むなら、私は全力で応援したい。
マンションのすぐ近くまで来て、私は隣に視線を移した。
共用玄関は防犯カメラが付いているから、さすがに手を繋いでは入れない。
勘違いでもされたら、久遠くん困るだろうし。
「えっと、手、離す?」
「じゃあ、あと少しだけ。このままの状態でここにいてほしいんだけど」
「わ、かりました……」
私たち二人は、その場に立ち止まった。
夏の夜の涼しい風が、すぐそばを通り抜けていく。
音のない、静寂に包まれた空間。
「ねえ」
いつのまにかに声変わりして、低くなった声が空に響く。
「は、はい。なんでしょう」
「俺は、ずっとここにいるから」
「……うん」
私はバカだから、言葉の意味が解らない。
けど、きっと大切な思いが込められてるんだってことはわかる。
「来年、夏南の受験勉強が順調だったらまた花火付き合って」
「そ、それはもちろん!! 私も、やりたい! 久遠くんと!」
目が合って、どきりと心臓が鳴る。
久遠くんは優しく目を細めて、控えめに笑った。
「そのときまた、俺と手を繋いでほしいんだけど」
「うん、いいよ」
――――いつか、また誰かを好きになるときは。
久遠くんみたいな人がいいなんて、ぜいたくなことを考える。
夏のまんなか、来年も火花散る世界で。
夏のまんなか、火花散る世界 桜田実里 @sakuradaminori0223
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