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 ◇ ◇ ◇


 美和さんの手品はどれもオリジナルティーある見事なものだった。選んだトランプを言い当てるのはもちろん、コインを消したり、何もないところリンゴを出したりなど、美和さんの腕前はこれだけで一生食べていけそうなほど。いつの間にかわたしたちはすっかり美和さんの手品に魅入ってしまっていた。一つひとつの手品が終わるごとに巻き起こる拍手に美和さんも満足げだ。


 いくつかの手品を披露した後で美和さんは時計を見た。


「えー、それでは皆様。そろそろ心霊島に着くお時間ですので最後はわたくしの、をお見せしようと思います。今から皆様にお見せしますのは昔、わたくしがニューヨークのマジックショーで披露し優勝したときのものです」


 これほどまでに手品が上手な美和さんの『とっておき』に『マジックショーで優勝したときのもの』。それはこれ以上ないほどに魅力的な煽り文句だった。


 いったい今からどんな手品が始まるのかと、その場のみんなわくわくして美和さんに注目していた。

 ゆっくりとした動きで美和さんがトランプを取り出す。


「ではいいですか皆様、ここにトランプが――」


 と、そのときだ。


『ピー!』


 クルーザーの笛の音が高だかに鳴り響いた。今のわたしにとってその音は悪魔の声でしかない。そう、よりによって美和さんが手品を披露し始めたところで心霊島に到着してしまったのだ。美和さんは笛の音と、それまでずっと足元に感じていたクルーザーの振動が消えたのに気付くと、ぱっと手品の動作を止めた。


「――……あ。どうやら着いたようですね。さあ皆様、心霊島に着きました。降りましょう」


 美和さんは当然のように言うけど、わたしも、おそらくみんなも、それどころじゃない! 手品の続きが見たいのだ!


 誰もが無言のまま美和さんの手元から目を離さないでいると、そのうち警察官の久良さんが低い声で言った。


「その手品だけ見せてくれませんか?」


「もう、皆様仕方ないですね」


 美和さんはとても嬉しそうにトランプを取る。


「これだけですよ」


 さて、これでようやく手品が始まる……かと思えば、そこに突然ふらっと呉須都さんがやって来た。呉須都ごすとさんは自分の荷物であろう大きな黒のボストンバッグを担いでいた。さっきは船酔いだと言っていたけど、今もマスクに帽子にサングラスと、その顔も顔色も窺えない。少しは良くなったのかな?


 美和さんは呉須都さんに気付くと、小走りで近付き何やら話を始めた。話の内容はやっぱり遠くてわからなかったけど、呉須都さんが何かを言うと、美和さんは燕尾服の内ポケットから鍵を取り出し手渡した。鍵には一〇一と書かれたプレートが付いている。鍵を受け取った呉須都さんは足早にホールを出て行った。


 バカラ台に美和さんが戻る。


「呉須都様は先に浮蓮館で休むそうです」


 その言葉にわたしがなんとなくクルーザーの窓から外を見ると、確かに呉須都さんはクルーザーから降りていた。


「お待たせしました。それでは手品をお見せします!」

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