4 初めての実践 from紗良

 時は少し遡る。

 海翔くんたちの動向を見ていた者、それは鳴坂紗良、つまり私だった。



◇◇◇



「あーやっと終わったぁ!」


 ボフッという効果音とともに、私はベッドに倒れ込む。


 始業式の今日、いつもより早く帰宅した私は、ふと思いついて部屋の片付けをしていたのだけど、やり始めたら思いの外熱中してしまって、気づいたらもう日は落ちかけていた。


 休憩のつもりで、おもむろにスマホを取り、寝転がりながら操作する。

 流れてきたショート動画を意味もなく眺めていると、段々と眠気が襲ってくる。


 そのままうたた寝してしまっていたのだろうか。

 いつの間にかスマホの画面は暗くなっていて、部屋の中はしんとしていた。


(あ…これ、出しにいかなきゃ)


 起き上がって横を見ると、数刻前にまとめた不要物たちが、袋に入れられて転がっていた。



 外に出ると、生暖かい風が肌を撫でる。

 日中よりましになったとはいえ夏は暑いので、早めに戻りたい。


 マンションの階段を下りて、下にあるごみ捨て場に袋を置く。

 階段を登っている時、ふと視界の中に学校が映った。


 私の住んでいるマンションは、通っている学校のすぐ近くにある。

 偏差値のさほど高くないこの学校に入ろうと思ったのも、通学時間の短さに惹かれたから。


 いつもなら気にもしないその風景。

 だけど、私はそこから目が話せなかった。


 正確にはその前にいる人物から。


 その人は一見黒っぽい服装で、顔も隠れ気味だから不審者に見えなくもないけど、よく見れば知っている人物だった。

 紛れもなく今朝話した人物、梓馬海翔くんだ。


 こんな時間に学校の前で何をしているのか。

 不思議で思わず目で追ってしまう。


 海翔くんが立ち止まったのは校門の前で、そこに海翔くんの他に二つの人影があった。


 三人はしばらく話している様子だったが、他の誰かに指摘されたのか、海翔くんが黒い服を脱いで制服姿になった。


 それを合図に、三人は校門から学校の敷地へと入っていった。


 三人が視界から外れてしまったので、私は半ば無意識に学校へと足を向けていた。



 見える範囲にあるとはいえそれなりに距離のある道筋を、少しでも急ごうと小走りで進んでいく。

 だから、学校の校門に着いたときには息は切れ気味で、膝に手をあてて何度か深く呼吸する。


 呼吸が安定してくるにつれて、徐々に校内から人の声と、微かに獣の咆哮のようなものが聞こえてきた。


(……咆哮?)


 少しのラグの後、ようやくその異変に気づいた私は、海翔くんたちのことが心配になった。

 校庭を囲むフェンスから中を覗くと、ちょうど海翔くんが熊を背負い投げするところだった。


 …驚きを通り越して唖然とする。

 熊を投げるなんて、人間業じゃない。


 信じられないものを見て頭が混乱した私は、ひとまず頭を冷やそうと家に帰った。



 次の日、私はいつもより早く家を出た。

 昨夜のことがあり、あまり寝れなかった。

 だから周囲にはまだ人もいなかった。


 校門をくぐる直前、視界の端になにか黒い塊が見えた。

 見れば、それは黒のパーカーだった。

 そういえば昨日海翔くんが来ていたな、と思い出す。

 届けたほうがいいのだろうか。


 悩んだ挙げ句、届けることにした。

 ついでに昨日のことも聞けるかもと言う考えが決め手になった。


 だけど、この日は渡せなかった。

 怖気づいたわけではなく、海斗くんが学校を休んだからという、至極シンプルな理由だった。

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